074 ____________ ‐2nd part‐
文字数 1,820文字
でも、あの金髪の髷に、上げた顎のライン、そして、セイレネスのジーンズを見間違いなど絶対にしない。
けれど……「チョット待って葉植さんっ、ムッシューがまだ正気を取り戻したかわかりませんから。様子を見ながら近づかないと」
有勅水さんへ通報したいけれど、生憎ヴィーのせいでスマホをもたずに出ちゃっている。また葉植さんも、もたない人ときているし。
「ボクは急いでないよー。楯クンの気が急 いでいるだけだねー」
「だって、まだ話の途中だったじゃないですかぁ。処置歯の有無と、さっきの幻聴とにどんな関係があるんです? 人に口まで開けさせといて、置いてけぼりはないでしょうに、たとえ数歩でも」
「そーだったね。でもーそれも知ってたんだーと思って」
状態のわからないムッシューへ向かいながらの結構な緊迫状況にあるってのに、葉植さんが語りだしたのは
またそんなこと、フツウ常人は知らん。オレが痴 人なだけかも知れんけれど。
──通常は、アンテナと検波器とスピーカーがそろって、初めて音の出る仕組みとなる。
ところが葉植さん、人間の体も強い電波の中に踏み込むとアンテナ化して、電波を音として受信できるなどと言いだした。
ここ東京のド真ん中は言及するまでもなく、郊外や地方でもNHKなどの高出力アンテナが設置され、全国を隈なくカヴァーしているため、人体はどこででも充分電波を受信する可能性がある。
そして、電波から音声信号のみをとり出す装置である検波器には、二種類の金属部品を使用するダイオードが入っていて、人体でその役目をするのが、歯の治療でつめた金属というわけだった。
噛み合わさる上下の歯に、アマルガムやパラジウムといった、別別の金属でつめ物をしているような場合にダイオードの代わりとなるらしく、歯で受信した音声は、さらに骨伝導により顎の骨がスピーカーとして増幅し鼓膜へと届くのだそう。
葉植さんは歯の治療の際、この時とばかりに上下違う金属を指定して、家にある無線機器で違法に電波を出力しては、自身のラジオ化を試みたと言うから、笑うべきか笑わざるべきなのか?
しかしまぁ、それなら幻聴もよく聞いちまうはずだよね。ったく、こちらもホトホト呆れるお嬢サマだ。
「だけど、楯クンの歯にはダイオードがないのー。だからさっきの幻聴はー、ボクが聞いてるのとは別物になるー。まー人間の脳ミソ自体が電気活動でやり取りしてるわけだしー、他にも色色と理由は考えられるけど、ホントーに誰かの怨詛 、心霊現象なのかもしれないねー」
「まさか……」
時折、肌を刺すような凍てつく風が吹きぬけるとは言え、こんな陽射し明るい午前中に、間延びした口調で御陽気に驚かされたって、微塵の幻怪さもカンジられない。
それに震慄 なら、葉植さんの存在自体から既にしこたま味わわされているしっ。
まったく、そんな怪詭 なことばかり詳しいだなんて。海外で医師免許を取得するのは結構だけれど、是非とも診るのはミイラだけにしてもらいたいよねぇ。
「楯ク~ン、ムッシュさん大丈夫そーだよー」
すっかり警戒を解いていたオレにそう告げると、葉植さんは上げた手を横ではなく、前後に大きく縦振りしだす。
見ればムッシューも、こちらへと突き上げた腕ごと振り回していた。
破顔しているようには見えない点が引っかかるけれど、それが標準的なムッシューの面 がまえだから致し方ないだろう。オレも掌だけ揺らして応えておく。
「──やあ、ボクちゃんに水埜クン、今日は講義をサボってデートかい?」
ムッシューの方から駆け寄って来て、第一声がそれですか。
どうやら精神の正気は取り戻したようだけれど、意識はすっかりズレているみたいだ。
「今はもう春休みなんです、日本の学生はほぼ全国的に。ちょうど今、ムッシューの所へ行こうとしていたんですよ」
「そなのー。ハイこれー新作の試供品で~す。スグ使って、スグに気に入って、スグまた買いに来てくださーい」
のっけから、ストレートな小細工を大胆に弄しちまうのが葉植流かもしれないけれど、これがつい今し方、オカルティストかと疑いたくなる卦体な事柄への通暁ぶりを見せたキャラと同一人物だとは……。
ナメられているのはムッシュー? それとも、やはりオレだろか? だろうなぁ──。
「どうもありがとう。この前買ったのは、いつの間にか使いきってしまってね。石鹸の方もさっき入浴で使わせてもらったよ」
けれど……「チョット待って葉植さんっ、ムッシューがまだ正気を取り戻したかわかりませんから。様子を見ながら近づかないと」
有勅水さんへ通報したいけれど、生憎ヴィーのせいでスマホをもたずに出ちゃっている。また葉植さんも、もたない人ときているし。
「ボクは急いでないよー。楯クンの気が
「だって、まだ話の途中だったじゃないですかぁ。処置歯の有無と、さっきの幻聴とにどんな関係があるんです? 人に口まで開けさせといて、置いてけぼりはないでしょうに、たとえ数歩でも」
「そーだったね。でもーそれも知ってたんだーと思って」
状態のわからないムッシューへ向かいながらの結構な緊迫状況にあるってのに、葉植さんが語りだしたのは
人体のラジオ化現象
という怪説だった。またそんなこと、フツウ常人は知らん。オレが
──通常は、アンテナと検波器とスピーカーがそろって、初めて音の出る仕組みとなる。
ところが葉植さん、人間の体も強い電波の中に踏み込むとアンテナ化して、電波を音として受信できるなどと言いだした。
ここ東京のド真ん中は言及するまでもなく、郊外や地方でもNHKなどの高出力アンテナが設置され、全国を隈なくカヴァーしているため、人体はどこででも充分電波を受信する可能性がある。
そして、電波から音声信号のみをとり出す装置である検波器には、二種類の金属部品を使用するダイオードが入っていて、人体でその役目をするのが、歯の治療でつめた金属というわけだった。
噛み合わさる上下の歯に、アマルガムやパラジウムといった、別別の金属でつめ物をしているような場合にダイオードの代わりとなるらしく、歯で受信した音声は、さらに骨伝導により顎の骨がスピーカーとして増幅し鼓膜へと届くのだそう。
葉植さんは歯の治療の際、この時とばかりに上下違う金属を指定して、家にある無線機器で違法に電波を出力しては、自身のラジオ化を試みたと言うから、笑うべきか笑わざるべきなのか?
しかしまぁ、それなら幻聴もよく聞いちまうはずだよね。ったく、こちらもホトホト呆れるお嬢サマだ。
「だけど、楯クンの歯にはダイオードがないのー。だからさっきの幻聴はー、ボクが聞いてるのとは別物になるー。まー人間の脳ミソ自体が電気活動でやり取りしてるわけだしー、他にも色色と理由は考えられるけど、ホントーに誰かの
「まさか……」
時折、肌を刺すような凍てつく風が吹きぬけるとは言え、こんな陽射し明るい午前中に、間延びした口調で御陽気に驚かされたって、微塵の幻怪さもカンジられない。
それに
まったく、そんな
「楯ク~ン、ムッシュさん大丈夫そーだよー」
すっかり警戒を解いていたオレにそう告げると、葉植さんは上げた手を横ではなく、前後に大きく縦振りしだす。
見ればムッシューも、こちらへと突き上げた腕ごと振り回していた。
破顔しているようには見えない点が引っかかるけれど、それが標準的なムッシューの
「──やあ、ボクちゃんに水埜クン、今日は講義をサボってデートかい?」
ムッシューの方から駆け寄って来て、第一声がそれですか。
どうやら精神の正気は取り戻したようだけれど、意識はすっかりズレているみたいだ。
「今はもう春休みなんです、日本の学生はほぼ全国的に。ちょうど今、ムッシューの所へ行こうとしていたんですよ」
「そなのー。ハイこれー新作の試供品で~す。スグ使って、スグに気に入って、スグまた買いに来てくださーい」
のっけから、ストレートな小細工を大胆に弄しちまうのが葉植流かもしれないけれど、これがつい今し方、オカルティストかと疑いたくなる卦体な事柄への通暁ぶりを見せたキャラと同一人物だとは……。
ナメられているのはムッシュー? それとも、やはりオレだろか? だろうなぁ──。
「どうもありがとう。この前買ったのは、いつの間にか使いきってしまってね。石鹸の方もさっき入浴で使わせてもらったよ」