009 ______________ ‐3rd part‐
文字数 1,912文字
……この場の全員がヒいているのもおかまいなしに、葉植さんは嘻嘻と売れた作品たちを新聞紙で自作した袋につめ始めていた。
それはまた野卑なスポーツ紙だったようで、風俗関連の記事なのか色刷り見出しで
ベルギーのムッシューも現状を正常化させようとしてか、ワークパンツのポケットに入った小銭を必要以上に鳴らして金額を揃えていた。
それでオレも、有勅水さんへつり銭を返さなければならないことを思い出す。
腰かけと金庫をかねている箱枕の抽斗 を抜き開け、売上金の仕切りの中へ五千円札と名刺はしっかりと納める。
「あの、その、有勅水さん? おつりです、本当にどうもありがとう御座いました」
オレが立ち上がってつり銭を差し出すと、有勅水さんの方もすっかり忘れていたらしく、目を円 くしてからテレ笑いを浮かべた。
それで、今までの気マズさがどこかへすかりと消し飛んでくれる。
「おつりはとっといて~。暑いから、ここのみんなでアイスでも食べてよ。それから、さっきの話だけど、返事はいつでもかまわないから。私と一緒にビジネスにしたくなったら連絡してちょうだいね。まあ、またチョクチョクここへは足を運ぶことになると思うんだけど」
有勅水さんも早速、上着のラペルにピンズをとり付けながら、自身の正常化を図っているようだった。
羽の八九を指先で満足げに撫でてくれて、オレとしても光栄に思う。
でもその一方で、やはりハンダではなくシルヴァーかプラチナ製だったなら、もっと彼女に似合っていただろうともカンジていた。
にわかに申しわけなくなってくる。それに、このおつり……。
「でも、いくら何でもこんなには、買ってもらった額の六倍以上もなんて、とてもいただけませんよ」
「そうだぞ唏、却って彼を侮辱しているとも取られるような真似はするんじゃない」
ムッシューも支払いを済ませたのか、恥かしい袋を提げたまま再び有勅水さんに噛みつきだした。
「いいのいいの、それだけ気に入ったってことなんだから。いくら何でも価格を安く設定しすぎよ。本当に私が君と組んで仕事したいって証拠だとでも思ってちょうだいな。まだ納得できないって言うなら、次ぎに会った時に新しい作品をプレゼントしてくれればいいわ。私、邯鄲 やハンミョウなんかも好きよ~」
いきなり新作って……しかし元よりオレは昆虫など詳しくも好きでもない、だのに今スグ大学の図書館へ走りたい衝動に駆られてくる。
「それじゃあ……またね。さぁ行くわよディース、私はあんたと違って全然ヒマじゃないんだから。さっさと用件を済まさなくちゃ」
「本当だよ。折角のヒマが唏のせいで台ナシだ。第一、僕は朝食がまだなんだ、ガマンできなくなったら帰らせてもらうよ」
小競り合いを続けながら石段の方へ立ち去ろうとする二人を、そのまま黙って見送るわけには行かなかった。
有勅水さんが別れ際に言い淀んだ箇所は、おそらくオレの名前だったんじゃないだろか?
また今度と言われたけれど、それまでオレは彼女の中で名ナシの権兵衛、それにはチョット耐えられそうにない……。
いつにない積極性が躊躇を押し退けてオレの口を開かせていた。
「あの、有勅水さんっ、オレ水埜楯 って言います──」有勅水さんがふり向いたので続ける──「有勅水さんと同じ
「まぁっ、
よく解らない納得のされ方だったけれど、透かさず「はいっ!」と快諾しておく。
彼女に名前を呼んでもらえて、なんだか物凄く幸福な気分がしてきた……。
──それなのに。
有勅水さんたちが行くスグ先、里衣さんの姿のない屋台の脇には、明らかに仏頂面をしたヴィーの奴が、いつの間にか仁王立っていやがった。
有勅水さんはムッシューとの言い合いで気づいていないようだけれど、ヴィーはどうやらメンチをきりまくり……。
不穏な予感が轟音をたててオレの全身をすりぬけていく。
なので、勿体なくはあるけれど有勅水さんの楚楚とした後ろ姿から視線をはずし、緩んだ頬も引き締めて、箱枕に腰を下ろしなおしておくしかない。
手の中のつり銭を戻し入れる前に、ゴキゲンな葉植さんとオレを見ていた毛絲さんへも、
「アイスでもって言われましたけれど、ランチ奢っちゃいますよっ」
と、なけなしの愛想をふりまいておく。
これで、これから起こるであろうゴタゴタに、二人が少しはオレの味方となってくれることを願いつつ……。
それはまた野卑なスポーツ紙だったようで、風俗関連の記事なのか色刷り見出しで
全身穴だらけにされた気分よ!
などとブチぬかれていたもんだから、オレは何か眩暈のようなモノまでを覚えてしまう……。ベルギーのムッシューも現状を正常化させようとしてか、ワークパンツのポケットに入った小銭を必要以上に鳴らして金額を揃えていた。
それでオレも、有勅水さんへつり銭を返さなければならないことを思い出す。
腰かけと金庫をかねている箱枕の
「あの、その、有勅水さん? おつりです、本当にどうもありがとう御座いました」
オレが立ち上がってつり銭を差し出すと、有勅水さんの方もすっかり忘れていたらしく、目を
それで、今までの気マズさがどこかへすかりと消し飛んでくれる。
「おつりはとっといて~。暑いから、ここのみんなでアイスでも食べてよ。それから、さっきの話だけど、返事はいつでもかまわないから。私と一緒にビジネスにしたくなったら連絡してちょうだいね。まあ、またチョクチョクここへは足を運ぶことになると思うんだけど」
有勅水さんも早速、上着のラペルにピンズをとり付けながら、自身の正常化を図っているようだった。
羽の八九を指先で満足げに撫でてくれて、オレとしても光栄に思う。
でもその一方で、やはりハンダではなくシルヴァーかプラチナ製だったなら、もっと彼女に似合っていただろうともカンジていた。
にわかに申しわけなくなってくる。それに、このおつり……。
「でも、いくら何でもこんなには、買ってもらった額の六倍以上もなんて、とてもいただけませんよ」
「そうだぞ唏、却って彼を侮辱しているとも取られるような真似はするんじゃない」
ムッシューも支払いを済ませたのか、恥かしい袋を提げたまま再び有勅水さんに噛みつきだした。
「いいのいいの、それだけ気に入ったってことなんだから。いくら何でも価格を安く設定しすぎよ。本当に私が君と組んで仕事したいって証拠だとでも思ってちょうだいな。まだ納得できないって言うなら、次ぎに会った時に新しい作品をプレゼントしてくれればいいわ。私、
いきなり新作って……しかし元よりオレは昆虫など詳しくも好きでもない、だのに今スグ大学の図書館へ走りたい衝動に駆られてくる。
「それじゃあ……またね。さぁ行くわよディース、私はあんたと違って全然ヒマじゃないんだから。さっさと用件を済まさなくちゃ」
「本当だよ。折角のヒマが唏のせいで台ナシだ。第一、僕は朝食がまだなんだ、ガマンできなくなったら帰らせてもらうよ」
小競り合いを続けながら石段の方へ立ち去ろうとする二人を、そのまま黙って見送るわけには行かなかった。
有勅水さんが別れ際に言い淀んだ箇所は、おそらくオレの名前だったんじゃないだろか?
また今度と言われたけれど、それまでオレは彼女の中で名ナシの権兵衛、それにはチョット耐えられそうにない……。
いつにない積極性が躊躇を押し退けてオレの口を開かせていた。
「あの、有勅水さんっ、オレ
みず
に、林に土のの
、そして武器のたて
で木偏がある方を書きますっ」「まぁっ、
水埜楯
クン? フゥ~ンわかったわ。新作、セ・ミニョンなヤツを期待してるわねっ」よく解らない納得のされ方だったけれど、透かさず「はいっ!」と快諾しておく。
彼女に名前を呼んでもらえて、なんだか物凄く幸福な気分がしてきた……。
──それなのに。
有勅水さんたちが行くスグ先、里衣さんの姿のない屋台の脇には、明らかに仏頂面をしたヴィーの奴が、いつの間にか仁王立っていやがった。
有勅水さんはムッシューとの言い合いで気づいていないようだけれど、ヴィーはどうやらメンチをきりまくり……。
不穏な予感が轟音をたててオレの全身をすりぬけていく。
なので、勿体なくはあるけれど有勅水さんの楚楚とした後ろ姿から視線をはずし、緩んだ頬も引き締めて、箱枕に腰を下ろしなおしておくしかない。
手の中のつり銭を戻し入れる前に、ゴキゲンな葉植さんとオレを見ていた毛絲さんへも、
「アイスでもって言われましたけれど、ランチ奢っちゃいますよっ」
と、なけなしの愛想をふりまいておく。
これで、これから起こるであろうゴタゴタに、二人が少しはオレの味方となってくれることを願いつつ……。