040 なんだか不穏になっていきます~ ‐1st part‐

文字数 1,860文字

「いいわよぉ私は、水埜クンたちがいいのなら──」有勅水さんは、オレの背後へもニコやかに声をかける──「こんにちはお二人さん、ランチ御一緒させてちょうだいね~」

 胸元まで開いた白さが眩しいブラウスに、いつもの鮮やかな微笑みは、やはりオトナの魅力た~っぷり。

 予想外にも、会釈を返したのは緑内で、根上は何かを発しようとした言葉が上手く声にならず、あぐあぐと口籠って頬を赤らめていた。
 ……こりゃぁ根上も、カノジョもちへと成り上がるには、もう暫くかかりそうだ。

「こちら、V&Mジャポンの有勅水唏さんだ」

 そう紹介しても二人は「…………」
 まだ見蕩(みと)れているのか、早くも見惚(みほ)れていやがるのか? まるで反応ナシ。

「有勅水さん、視力が悪くもないのに、変態だとバレないようスカした伊達眼鏡なんぞをかけて、優等生の典型ぽく見せている天然テクノカットが緑内。それと、本当はド近眼で筋金入りの優等生なのに、それを(さと)られまいと、カラコンにクール系の服装でウルフカットまでしてるジョン・ローンみたいなのが根上って言います」

「ジョン・ローンって知らないけど、天然テクノカットは上手いわねぇ。ホント彼、もみあげがキレイになくって」

「オレも知らないんですけれど、要は時が昭和なら激イケってことみ──」

「水埜テメ~ッ。伊達眼鏡じゃねぇ、こいつは最先端のスマグラだっ。叔父さんに頼まれて、商品化される一歩手前のβテスターを引き受けてんだよっ」

 知らんけれど、早くも緑内が正気を取り戻しやがったので、軽く入口を指しながら有勅水さんを食堂棟の中へと促し進む。

「ちなみに、ここの中華メニュー、本当の中国系のオバちゃんがつくってるから結構イケますよ。でもラーメンはそばやうどんと一緒にべらんめえオヤジがやってるんでイマイチです」

「へぇ~、そおなのぉ?」

「お勧めは、サカナを使ったメニューかな。財団の海洋資源センターから新鮮な材料が、今朝届いてるはずなんで。魚況調査船が定期的に海へ出てるんですよ」

「とにかく日本の学生食堂なんて初めて、なんかウキウキしてきちゃう」
 
 ▼

 食べながらゆっくり話をするなんて言う建前はどこへやら?
 暫しの間、有勅水さんは摂食に専念──。

 オレたちがその小気味好い食べっぷりに意識を奪われ、箸の上げ下ろしも漫ろでいる中、有勅水さんのその箸を、有勅水さんのスマホが止めた。メッセージが届いたようだ。
 有勅水さんの隣に座れていることがアダになって、スマホ画面を覗いたなんて絶対に思われないよう、目一杯そっぽを向かなくてならない。

「……もお、久久のランチらしいランチだったのにぃ──」そう忌忌(いまいま)しげに()ちながらスマホを仕舞うと、有勅水さんは箸を完全にトレーへ置いた──「ゴメンなさいねみんな、悪いけど私行かなくちゃ」

 取り引き先の社長が急死して、また葬儀に出なければならないらしい。
 それも行き先は宮古島、急がなくてならないわけだ。

「……あの、オレまだ何の話も聞いていないんですけれど」

「そおだった? でも水埜クン、バイトを探しているんでしょ? だからもぉ決まりってこと。今朝ディースにも会ってるわよね、とり敢えず帰りに様子を見に寄って欲しいの」

「ぁはい……まぁ、オレとしてはむしろ凄くありがたいですけれど」

「ホントに、ただ見るだけで声もかけなくていいんだけど、何かあったら会社に連絡して欲しいだけなのよ」

「……ぁあ、はい」

「とにかくお願いするわ、詳しい話はあとになるけどバイト代は弾むから。それまで文句や苦情は、最初に話をもって行った私を、けんもほろろに断って水埜クンへ全フリしたポールさんに言ってちょうだい」

「あ~なるほど、わかりました」

「じゃぁ、ホントよろしくねっ」

 例のごとく有勅水さんは鮮やかな笑顔を残し、颯爽と席を立ち去って行った……。

 そのあまりの鮮麗さに、定食を奢ってもらったお礼や、トレーの片づけなんかオレがするってことを言い出せず終い。
 緑内も天を仰いで恍惚(こうこつ)に浸り、根上は頻りにこめかみを摩っていた。

 有勅水さん、V&Mで働いていなくたって、無闇やたらに萌えては癒されたがるこの国でなら、あのとびきりな笑粲(しょうさん)一つで充分アイドルデビューできたんじゃないのかな。

「行っちゃったなぁおまえの女神様、そして俺のブルームーン(奇蹟)」

「何が俺のだ、気安く言うな緑内っ」

「いいじゃん言うぐらい。先に知り合っていようが、どうせ水埜も手が届かないから女神なんだろ? 既にお互い様様だぜ」

 ぐぅ。図星だから、ぐぅの音のあとの二の句も継げない……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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