029 ____________ ‐2nd part‐

文字数 1,547文字

 毛絲さんチに、里衣さんを住まわせる余分な部屋があったら全てが円く収まったのに、数年前に店を拡張してからは、親類を泊める客間がなくなってしまったと言うからどうしようもない。

 ならば、ここは一つ有勅水さんを助けるべく、オレが一肌脱いでやろうじゃん。
 ウチは僊婆の所から二〇〇メートルほどしか離れていないし、全く使っていない部屋も二間ある。

 それゆえ、カナダの氷原でメタハイを掘っている親父へ、一年ぶりに電話をかけなければならなかった。
 事実上オレの保護者は、和歌山で継電器工場を営んでいる母方の祖父ちゃんなんだけれど、家の主は親父だし、ローンも給与天引きされるまま支払い続けてくれているので、一言断りを入れないわけにもいかない。

 ……とにかく大学へあがれたことを報告させられた以来だから緊張した。

 センパイたちの同居を許してもらうという用件だけでは、どうにも話し難すぎて、有勅水さんとビジネスの契約を交わすにあたっての、了承を得るという名目を前面に押し立てた。
 どの道、未成年のオレには保護者の許可が不可欠だし、祖父ちゃんだとオレを親身に心配してくれる分、説明だけでなく説得の手間までかかってしまう。
 無論、親父にはこまごまとした内容は省き、V&Mとのまともな仕事であることを強調して伝えた。

 同居する二人についても、素姓の確かさと如何に有能な人物かを訴えて、八つ離れたセンパイだってことや、里衣さんが妙齢の女性であるなんてことは一切伏せて乗りきった。

 そのわずか数分の国際電話、オレの人生で最もぎこちない時間が激流となって渦巻き、風雪吹き荒ぶがごとく空間が歪む。

 親父は相変わらず「ん……」とか「あぁ……」とか、英語思考の頭をムリヤリ日本語にきり換えているにしても、素っ気なく無情な単音節を発するばかり。
 なので一方的に用件を告げて通話を終えた。

 親父に異議があるようにはカンジなかった、って言うか、理解してもらえたとは到底思えないダンマリが続いたので、それは黙許と妄断させてもらうことにした──。

 まあ、センパイも里衣さんも、オレよりずっとキレイ好きでだらしがいいので、建て替えて七年が経つ家が二人の引っ越しを機に却って甦ってくれたから、決して親父の不利益にはならないはずだ。

 その二人から家賃をもらえば、いきなりセイレネスのジーンズが買えちまうぅ!
 なんて色気も正直出たけれど、それでは御利益が弱まりそうだし、仲間から搾取する外道にまでは堕ちたくない。
 もらうわけにはいかないと有勅水さん好みのストイックをキメることにしたら、代わりにセンパイが家の公共料金とギターのレッスンを、里衣さんが朝晩の食事の面倒を見てくれることになったため、なんだかオレの失調していた家庭生活までが蘇息し始めた気分になる。

 それで、つい浮かれて毛絲さんと葉植さん、別に呼んでなかったユールに、来て欲しかった有勅水さんぬきのムッシューを招いて、時期的にはそろそろでも気候的にはまだ早い寄せ鍋歓迎パーティーを行った。

 そしたら、その件が毛絲さん経由でヴィーの知るところとなり、烈火のごとき激昂と怒涛の突破力でもって、押しかけ間借り人という暴挙に出やがった。
 まるで為す術なく、一階のリヴィングダイニングとは襖戸で隔ててあるだけの六畳の客間を占拠されてしまった。

 無法なヴィーを、センパイが舌尖鋭く追い出してくれるかと思いきや、過ぎたことを根にはもたない主義でもあるらしく、完全に知らぬ顔の半兵衛だし。
 里衣さんに至っては、女性ならではのムリが言い易くなると、ヴィーの同居に満面の歓迎ムード……。 

 というわけで、オレでさえほとんどど居つかなかった我が家が、いつでも誰かしらがLDで屯するアニマルハウスへと変貌を遂げた。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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