124 VIP待遇は単なる囲い込み戦略だよ~ ‐1st part‐ 

文字数 1,414文字

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 セイレネス渋谷店は、とって返したデパートの四階で、北側の一角を占めるにすぎない。

 けれど、やたらオープンな売り場づくりが施されていて、そこがセイレネスだなんて、最初から調べた上で目指して行かないことには、チョット気づき難い印象で展開されている。

 明らかに、日本初上陸を唸らせるVMD(ヴィジュアル・マーチャン・ダイジング)の導入までもが推察できて、訪れるたび、グローバルな最先端トレンドとの遼遠(りょうえん)さを、逆に、強烈に思い知らされてしまうのがまた堪らない。

 ショップに着くと、フロアに出ていた三人の販売スタッフ全員が、ほかの接客や作業をさりげなく中断してまで歓迎してくれた。

 それは当然のことなのだろうが、なんか気分がいい反面、オレにまで飛びきりの笑顔を向けてくれるから、物凄~く恐縮しちゃう。
 まあ、そんなフレンドリーな丁重さは、オレが一人でジーンズを買いに来た時と何も変わらないカンジがするから、たたき込まれたプロの応対にすぎないのかも……。

 チーフスタッフだった年嵩の女性は、思っていたとおりイタリア人のようで、早速ミラノさんがまたイタリア語で何やら話しかけていた。
 彼女とミラノさんがスタッフルームへと消えて行く中、オレとヴィーは、一番若そうな女性スタッフに、フロア中央奥の、展示ケースと一体化した長テーブルへと案内される。

 勧められるまま、前前からチョット座ってみたかったリートフェルト風の椅子に腰を下ろすと、その彼女はオレに、「よくお似合いですね、そちらを御用意させていただいたの私なんですよ。よろしければ色色と御覧になってお待ち下さいね」と、板についた調子で言い残し、接客へと戻って行った。

 お世辞だとわかっていてもヤケに嬉しい。あり金を掻き集めてでも、また何か買いに来たくなっちまう。褒められたコートやスーツは絶対にムリだけれど。

「何ぃ~あの女、色目使っちゃって。ムッカツク」

「アホか、セールストークに決まってるだろが」

「何よ。それを真に受けちゃって、デレついてる楯がアホじゃないよっ」

「いいじゃん。もうこの空間にいるってだけでサイコ~。この椅子も、見かけより座り心地好いよなぁ。これ一枚板だぜ、だから全体が撓ってフィットするんだ。どうやって、こんな形にまで曲げるんだろうな?」

「フン、知るわけないわ。あ~つまんないっ」

 ──「どうも、あらためましてこんにちは。先日、プレゼントにスプリングニットをお買い上げいただきましたよね。ミラノお嬢さんの御友人だったとは、存じあげませんでした」

「……ハイッ? あハイ、アタシの方こそ……」

「これからのシーズン、ウチもカラーやデザインのスラッシング度がアップしますから、是非一度試してみてくださいね。お好みのテイストとは少しばかり違っても、間違いなく似合うと思いますよ」

 まったく。そう男性スタッフから声をかけられたヴィーだって、満更でもない面持じゃないかよ。
 散財するなら、ここでしろ。そうすりゃ、殺意は想像だけに向けといてやるっ。

 その男性スタッフ、年齢は宝婁先輩と同じくらいだろうか。
 こちらはユニフォームではなく、その、オレがヴィーからもらったプレゼントと同じ色違いのニットを、ジップがあちこちに付いた古着風ジーンズに合わせて着熟している。
 どうやら、上から羽織ったドレスシャツに、ニットの柄が透けているのもミソみたいだ。

 クゥ~ッ、同じシャツがオレも欲し──っ。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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