084 ____________ ‐3rd part‐
文字数 1,906文字
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まるで、誘拐犯に翻弄されながら、身代金を運び続けなければならない捜査員の心境で、第一ターミナルの到着ロビーまで辿り着く。
成田空港なんて中高課程の修学旅行以来。それも利用したのは第二ターミナルだったと思うから、初っ端に施設全体を把握するのに、モォ~あたふた。
でも、どうやらお目当ての便は遅れているらしく、出迎えには間に合ってはいるみたい。
そして、その遅れのせいで、急遽オレという代役が立てられたのだとも漸く悟れた。
ところが。まだ出迎える大事な客とやらの名前はおろか、性別さえも、有勅水さんは教えてくれない。
さらには、指示どおりに駆けずり廻ってステーショナリーショップを見つけ、スケッチブックとマジックペンを購入。
それを報告すると、今度はそのスケッチブックにWELCOME MILANOと書いて、などと命じてくれる。
到着した利用客たちが、手続きを終えて出て来たら、ドラマなんかで見るようにそれを掲げろと言うけれど、もう悪フザケも大概にしてもらいたいよね。
そんな冗談で笑ってくれる人が、NYから来るとはとても思えない。それとも、わかる人だけがわかるⅤ&M流の符牒なのか?
無論、その意図は全く話してもらえない。
この現代にしても、女神はやはり残酷。電話なんて滅多にない毎日で、たった一八時間ばかり連絡がつかなかっただけなのに……。
でも、オレの心頭にまで怒りが発してこないのは、なんか、有勅水さんとの親密度がアップしているようにもカンジるから。
ここまでくるともう、単なる知り合いの反応ではあり得ないんじゃないの? それが姉弟みたいな狎昵 だとしても関係が進展したことには変わらない……ムフ~。
これからも、一体どんな仕打ちが用意されているのやら?
NYから来ると言っても、英語を話すとは限らない。
スペイン語しか話さないヒスパニック系かもしれないし、ミラノと書かせたくらいだからイタリア人の可能性もあって、もしそうならフランス語よりもチンプンカンプンだ。
書店を探して、六箇国語会話集でも入手しておいた方がよくはないか? でももう到着する時間のはずだし……。
そんな具合にグルングルン、思考を巡らせては最悪のシナリオを書き散らしつつ、南ウィングをウロウロしていたら、先ほど恥を忍んで全面的に救いを求めたグランドスタッフのオバサマが、わざわざ、オレの待っていた便が既に到着していることを教えに来てくれた。
オバサマはちょうど仕事終わりのようで、オレは出迎えに最適なポジションまで連れて行かれ、スケッチブックの知らせ書きは恥かしがらずにしっかり出さないと、見落とされて待ち人が捕まえられないとまで、くだくだしく子供同然に注意されちまうあり様。
もう、なんて恥ずかしいやら情けないやら……。
──ちらほら、オレ以外にも出迎えの人が集まりだしてから程経て、施設の奥からだらだらと間延びした行列がやって来た。
あらためて湧きあがってくる羞恥心を押しコロし、文句なく
本当ならば、V&Mと小さくでも書き込みたいところだけれど、許可なく社名を使ってはマズいだろうから辛抱辛抱──。
先頭を来るビジネスマン風のミスター・チャーリー(白人さん)たちは、露骨なまでに眉を顰め合ってオレの正面を通過する。
そのあとの額にビンディーを付けたオッチャンにも、日系の子供を連れた赤毛のミセスからも、懐疑的としか思えない眼差しをたっぷりと浴びせかけられる。
まだ歴然とした日本人の姿はなく、それがせめてもの救いだ。帰国者の手続きは長引いているのかもしれない。
……もう、イタリア語だろうがスペイン語だろうがどうでもいい、この際スワヒリ語だってかまうもんかっ。日本人帰国者が出て来る前にさっさと声をかけてもらいたかった。
一刻も早く、お客と合流した旨を有勅水さんに報告して、こんなバカげた暗号の意味を問い質してやりたい。
お客がどんなVIPだろうが、有無を言わさずタクシーへ押し込んで、この罰ゲームにピリオドをうってやるんだ。
だのに、また訝しそうな視線がオレを刺す。
今度は若い女性、と言うか女子だった、それもオレと同年か少し上くらいってカンジの。
スレンダーな体型に、ビシッとキメた深紅のレザー‐ロングコート、黒か濃紺なのか判然としないスキニーなウールパンツという出で立ち。
手荷物は何も持たず、両手をコートのポケットに突っ込んでいる。
しかもなんだか、日本へは観光と言うより、親の仇敵でも追って来たってカンジの冷厳な目つき……。
まるで、誘拐犯に翻弄されながら、身代金を運び続けなければならない捜査員の心境で、第一ターミナルの到着ロビーまで辿り着く。
成田空港なんて中高課程の修学旅行以来。それも利用したのは第二ターミナルだったと思うから、初っ端に施設全体を把握するのに、モォ~あたふた。
でも、どうやらお目当ての便は遅れているらしく、出迎えには間に合ってはいるみたい。
そして、その遅れのせいで、急遽オレという代役が立てられたのだとも漸く悟れた。
ところが。まだ出迎える大事な客とやらの名前はおろか、性別さえも、有勅水さんは教えてくれない。
さらには、指示どおりに駆けずり廻ってステーショナリーショップを見つけ、スケッチブックとマジックペンを購入。
それを報告すると、今度はそのスケッチブックにWELCOME MILANOと書いて、などと命じてくれる。
到着した利用客たちが、手続きを終えて出て来たら、ドラマなんかで見るようにそれを掲げろと言うけれど、もう悪フザケも大概にしてもらいたいよね。
そんな冗談で笑ってくれる人が、NYから来るとはとても思えない。それとも、わかる人だけがわかるⅤ&M流の符牒なのか?
無論、その意図は全く話してもらえない。
この現代にしても、女神はやはり残酷。電話なんて滅多にない毎日で、たった一八時間ばかり連絡がつかなかっただけなのに……。
でも、オレの心頭にまで怒りが発してこないのは、なんか、有勅水さんとの親密度がアップしているようにもカンジるから。
ここまでくるともう、単なる知り合いの反応ではあり得ないんじゃないの? それが姉弟みたいな
これからも、一体どんな仕打ちが用意されているのやら?
NYから来ると言っても、英語を話すとは限らない。
スペイン語しか話さないヒスパニック系かもしれないし、ミラノと書かせたくらいだからイタリア人の可能性もあって、もしそうならフランス語よりもチンプンカンプンだ。
書店を探して、六箇国語会話集でも入手しておいた方がよくはないか? でももう到着する時間のはずだし……。
そんな具合にグルングルン、思考を巡らせては最悪のシナリオを書き散らしつつ、南ウィングをウロウロしていたら、先ほど恥を忍んで全面的に救いを求めたグランドスタッフのオバサマが、わざわざ、オレの待っていた便が既に到着していることを教えに来てくれた。
オバサマはちょうど仕事終わりのようで、オレは出迎えに最適なポジションまで連れて行かれ、スケッチブックの知らせ書きは恥かしがらずにしっかり出さないと、見落とされて待ち人が捕まえられないとまで、くだくだしく子供同然に注意されちまうあり様。
もう、なんて恥ずかしいやら情けないやら……。
──ちらほら、オレ以外にも出迎えの人が集まりだしてから程経て、施設の奥からだらだらと間延びした行列がやって来た。
あらためて湧きあがってくる羞恥心を押しコロし、文句なく
ようこそミラノへ
となるように、オレ独自の判断でtoを付記したスケッチブックを両手で掲げた。本当ならば、V&Mと小さくでも書き込みたいところだけれど、許可なく社名を使ってはマズいだろうから辛抱辛抱──。
先頭を来るビジネスマン風のミスター・チャーリー(白人さん)たちは、露骨なまでに眉を顰め合ってオレの正面を通過する。
そのあとの額にビンディーを付けたオッチャンにも、日系の子供を連れた赤毛のミセスからも、懐疑的としか思えない眼差しをたっぷりと浴びせかけられる。
まだ歴然とした日本人の姿はなく、それがせめてもの救いだ。帰国者の手続きは長引いているのかもしれない。
……もう、イタリア語だろうがスペイン語だろうがどうでもいい、この際スワヒリ語だってかまうもんかっ。日本人帰国者が出て来る前にさっさと声をかけてもらいたかった。
一刻も早く、お客と合流した旨を有勅水さんに報告して、こんなバカげた暗号の意味を問い質してやりたい。
お客がどんなVIPだろうが、有無を言わさずタクシーへ押し込んで、この罰ゲームにピリオドをうってやるんだ。
だのに、また訝しそうな視線がオレを刺す。
今度は若い女性、と言うか女子だった、それもオレと同年か少し上くらいってカンジの。
スレンダーな体型に、ビシッとキメた深紅のレザー‐ロングコート、黒か濃紺なのか判然としないスキニーなウールパンツという出で立ち。
手荷物は何も持たず、両手をコートのポケットに突っ込んでいる。
しかもなんだか、日本へは観光と言うより、親の仇敵でも追って来たってカンジの冷厳な目つき……。