072 _________________ ‐3rd part‐

文字数 1,650文字

「葉植さんって、無邪気な邪悪と言うか純朴なスネ者と言うか、責丘さんのことも、そうやって舌先三寸で手懐けて、引きずり廻していたんでしょう?」

「……何のことー? そんな人ボク知らないのー」

「えぇ~っ? シラをきってるならムダですからね、道玄坂で二人でいたところを、オレの同級生が鉢合わせしてるんです、去年の夏に。まぁBOZOにはなりたくないんで、それ以上その件には触れやしませんけれど」

 ツッコみ度は結構強烈なはずなのに、葉植さんは「…………」
 進行方向を見据えたまま小首を傾げるだけ、それも一度きりの薄ぅ~い反応。

「じゃぁ冷蔵庫は? 膳福寺の近くの空家から冷蔵庫を拝借したんでしょう? またその同じ奴が、上り坂を運ぶの手伝ったんですよ。葉植さんに呼び止められて」

 葉植さんは、一緒に歩きだしてから初めてオレの方へと顔を向けた。

 首をヒネり上げているためか、その表情は困却しているかに見える。
 けれど、スグに正面へと向きなおり、首を二回ばかり大きく横にふった。
 どうやら、

という意思表示みたいだ。

 オレはただちに、全責任を緑内の誤想(ごそう)野郎へとなすりつけるべく、いつぞやの緑内がした話を、記憶の限り再現に挑む。
 葉植さんへ、下世話なカマしやツッコみをしたオレも悪いけれど、そもそもはニュースソースの緑内が悪いって流れにもっていくがために──。

「フーン。でも、それはーたぶん他人の空似の人違いか、ボクのドッペルゲンガーだね。ボクは渋谷も冷蔵庫も好きじゃないものー。楯クンのその友達には、注意しといた方がいーよ。ドッペルゲンガーを見ると、死期が近いそーだから」

 おいおい、人が結構必死に弁明してるってのに、ドッペルゲンガーはないんじゃないの葉植さん?
 もしやそれって、実は図星で、苦し紛れの言いのがれ、ってこともあり得そうじゃないですかぁ?

「あれ? 葉植さんにしては意外ですね。それは前頭葉と側頭葉の境界域にある自身のボディーイメージを司る部位にできた脳腫瘍が原因で、体がもう一つあるようにカンジるってヤツでしょう? だから、目撃するドッペルゲンガーも自分じゃないと。他人のドッペルゲンガーを見たところで、死ぬなんて科学的根拠はありませんよ」

「ウ~ンと、それはー、チューリッヒ大学病院のブルッガー博士が、九六年に発表した説でしょー」

「……すみません、そこまでは知りませんけれど……」

「ボディーイメージは、肉体の主観と客観的認識から成ってて、それが脳腫瘍のせいでズレることで、自分であって自分じゃーない別人が存在するよーに錯覚するんだね。大脳皮質第一次視覚野に障害があれば、逆さ眼鏡を掛けた時の異常感覚みたいに、自分の姿が自分と向かい合って見えたりもするー」

「……そう、なんですか?」
 ヤベ~、ヘタに藪を突っついて神蛇テューポーンを出しちまったぁ。

「でも、ボクのゆー他人のドッペルゲンガーはね、曖昧に記憶してた誰かのことを、最近見知った人と同一人物だと思い込んで、記憶を都合好く改竄(かいざん)する人が結構いるーってことなの」

「……そう、なんですか?」

「そーゆー人は、何か身近にハプニングが起こるとー、自分が目撃者になった気分になって、おもしろ可笑しく、あることないこと吹聴するのー」

「えぇ確かにっ。そう言う奴です緑内ってのは……」

「で~。もしそれがホントーに事件性のある出来事で、その犯人の耳に入ればー、吹聴した人はとり敢えず、口封じのために命を狙われることにつながってー、やっぱり、死ぬ可能性は高いとゆえるのでしたー」

「……

で始めて

オチですかぁ……」

「どーボクの私説は? 楯クンの曲がった(ほぞ)もストンッと落ちてくれたかなー?」

 私説って。……だからそれ、スジを一応通しているだけの屁理屈でしょうに。

 それに、曲がりなりにもヘソ曲がりが臍落ちなんかしちゃったら、オレは何の苦労もなく、この瞬間に、一癖あって、強かで、並並ならない、油断大敵な、理想としている曲者へと成り上がっちまうじゃぁないですか。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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