053 ______________ ‐2nd part‐
文字数 1,587文字
それゆえ、今回のムッシューの来日にあたって、ナフサさんは奥さんと義父に頭を下げて、これまでムッシューのアトリエ代わりに、資材倉庫を提供してもらっていたそうだから、兄弟仲はメッチャ好いってことなのだろうけれど……。
「さぁ、とり敢えず僕に関してはこんなものだな。今度は君の話を聞かせていただくよ、お待たせして申しわけなかったね」
「いぇ別に、そんな畏まられても、オレなんか自己紹介することなんか全然。まだ専攻も決まっていない学生ですし──」
とり敢えず氏名と、この近所に住んでいる本当は高校の三年生に相当する歳だけれど、附属校ゆえの推薦制度で大学の一年生をやっていることを話した。
オレには、それくらいしかとり立てて言えることがない。まぁ、一つでもあっただけ救われた。
「ほぉ~水埜楯、クン? なるほど、でも接点がわからないな。唏は、盆も正月も関係ない仕事大好き人間だからね。キャリアのためってわけではなくて、仕事そのものが趣味なんだ、恐れ入るよねぇ」
オレはコーヒーを啜り啜りナフサさんへ、有勅水さんとビジネスの契約を交わすまでもを、簡単に話した。
そのあとで気になる疑義を、一息に質し返してもみる。
「ナフサさんたち兄弟と有勅水さんの接点だってありそうには思えませんよぉ。あったとしても想像もつかないんで教えてください。それとオレ、有勅水さんにも同じように自己紹介したんですけれど、その時やっぱり、今のナフサさんそっくりの表情で納得されたんですよね。それって何かあるんですか?」
ナフサさんは口に二匹目の尻尾を放り込んでから、オレが尋ねた逆順に答えてくれた。
「アクアスキュータムって、コートが有名なブランドがあるだろう? 君の名前がそのものズバリ、水の楯なもんだからね」
「なんだ、そう言うことだったんですかぁ……まあ、オレとしてはだから何? ってカンジがしちゃいますけれど」
「唏は、日本に赴任したついでに結構な裁量権を与えられて、その範囲内なら自分の決裁で仕事を進められるポストにあるみたいでね。それにともなう重責も唏には圧 しかかってくることになる。まだまだ嘴が黄色い小娘だってことなどは、唏自身が一番よくわかっているんだろうから」
「……それと、そのブランド名とに、どんなつながりがあるんでしょう?」
「僕もよくは知らないんだが、偶偶タイミング好く耳目 にした、やはりまだ若いにもかかわらず、その老舗ブランドのチーフに大抜擢されたデザイナーに共鳴したらしいんだな」
「……共鳴? ですか……」
「その彼が、何かのインタヴューで答えた
「へ~、そう言うことですかぁ……」
「そして半年、小規模ながら、土地の再開発事業なんて、右も左もわからない仕事まで任されて、さてどうしたものかと言う時に、君とここで出交わした。唏には充分、今回の難役を、何とか熟せる暗示となったことだろうさ」
「……オレが、ですか?」
「あぁ。セイレネスを得意先にしていながら、この秋冬ファッションをアクアスキュータムで揃えたほどの入れ込みようときている。ウチに寄るたびそんな話ばかりで、僕の奥さんのオシャレ心に火が点きやしないか冷や冷やだよ。色んなローンを返すだけで精一杯だってのに」
思わず鼻息から笑ってしまった。全然似合わないんだもんナフサさん。
それこそ、NFLやK‐1の選手になっていれば、そんな所帯じみたセリフを吐かずに済んだろうに。
そしてナフサさんたち兄弟は、有勅水さんとは一〇年ほど前に三年近く家族同様に暮らしていた間柄だった。
どちらの父親も実業家で当時はリゾート開発を手懸けていたために、一緒に仕事をする上での諸事情により、有勅水さん一家は、ブリュッセル郊外の河畔の町にある天地家で過すことになったそう。
「さぁ、とり敢えず僕に関してはこんなものだな。今度は君の話を聞かせていただくよ、お待たせして申しわけなかったね」
「いぇ別に、そんな畏まられても、オレなんか自己紹介することなんか全然。まだ専攻も決まっていない学生ですし──」
とり敢えず氏名と、この近所に住んでいる本当は高校の三年生に相当する歳だけれど、附属校ゆえの推薦制度で大学の一年生をやっていることを話した。
オレには、それくらいしかとり立てて言えることがない。まぁ、一つでもあっただけ救われた。
「ほぉ~水埜楯、クン? なるほど、でも接点がわからないな。唏は、盆も正月も関係ない仕事大好き人間だからね。キャリアのためってわけではなくて、仕事そのものが趣味なんだ、恐れ入るよねぇ」
オレはコーヒーを啜り啜りナフサさんへ、有勅水さんとビジネスの契約を交わすまでもを、簡単に話した。
そのあとで気になる疑義を、一息に質し返してもみる。
「ナフサさんたち兄弟と有勅水さんの接点だってありそうには思えませんよぉ。あったとしても想像もつかないんで教えてください。それとオレ、有勅水さんにも同じように自己紹介したんですけれど、その時やっぱり、今のナフサさんそっくりの表情で納得されたんですよね。それって何かあるんですか?」
ナフサさんは口に二匹目の尻尾を放り込んでから、オレが尋ねた逆順に答えてくれた。
「アクアスキュータムって、コートが有名なブランドがあるだろう? 君の名前がそのものズバリ、水の楯なもんだからね」
「なんだ、そう言うことだったんですかぁ……まあ、オレとしてはだから何? ってカンジがしちゃいますけれど」
「唏は、日本に赴任したついでに結構な裁量権を与えられて、その範囲内なら自分の決裁で仕事を進められるポストにあるみたいでね。それにともなう重責も唏には
「……それと、そのブランド名とに、どんなつながりがあるんでしょう?」
「僕もよくは知らないんだが、偶偶タイミング好く
「……共鳴? ですか……」
「その彼が、何かのインタヴューで答えた
怖くないとドキドキしない
、緊張しないとおもしろくない
って言葉に、唏は背中を押してもらっているわけだよ」「へ~、そう言うことですかぁ……」
「そして半年、小規模ながら、土地の再開発事業なんて、右も左もわからない仕事まで任されて、さてどうしたものかと言う時に、君とここで出交わした。唏には充分、今回の難役を、何とか熟せる暗示となったことだろうさ」
「……オレが、ですか?」
「あぁ。セイレネスを得意先にしていながら、この秋冬ファッションをアクアスキュータムで揃えたほどの入れ込みようときている。ウチに寄るたびそんな話ばかりで、僕の奥さんのオシャレ心に火が点きやしないか冷や冷やだよ。色んなローンを返すだけで精一杯だってのに」
思わず鼻息から笑ってしまった。全然似合わないんだもんナフサさん。
それこそ、NFLやK‐1の選手になっていれば、そんな所帯じみたセリフを吐かずに済んだろうに。
そしてナフサさんたち兄弟は、有勅水さんとは一〇年ほど前に三年近く家族同様に暮らしていた間柄だった。
どちらの父親も実業家で当時はリゾート開発を手懸けていたために、一緒に仕事をする上での諸事情により、有勅水さん一家は、ブリュッセル郊外の河畔の町にある天地家で過すことになったそう。