058 冥界の領域はこうしてつくられる でした。 ‐1st part‐
文字数 1,820文字
バスケのお蔭で、トリプルスレッドは身についている。
まず逃げる、ダメなら蹴る、の優先順位つきの二択なら、一肢余る分、判断も的確に下せるはずだっ。
自分を信じて──って、やっぱり自分を信じるしかないのかよぉ、この世で一番信用できないから困ってるのにぃ……。
グダグダと、込み上がる緊迫を紛らわせている内に、ナフサさんが立つ傍まで来てしまっていた。
でも、さすがにムッシューへ背中は向けられない。
早速パントマイムっぽく始まったナフサさんの説明に、頷いて了解を示す一方でオレは、ムッシューの微微とした動きも確と追い続けるために、眼がロンパってクラクラしてきた……。
そんな状況下、オレはどうにか理解していく。
食事やミネラルウォーターのボトルは、分けてライトスタンドの近くにも用意しておいた方が望ましいことや、ライトの光を遮って影を落としたりしては絶対にいけないこと。
投げ置かれたタオルやゴミは、拾える時に拾えばよくて、ムッシューが地ベタで転寝 していようが、毛布などを掛けなくてもかまわない。
それから、道具類はセーフだけれど、作品に関わるパーツ類だけは絶対に触ってはダメ。
ムッシューは、その全てを視覚的に記憶しているらしく、使うことを決めていたパーツがあるべき形であった位置にないと、パニック発作を起こすだけでなく、以後の警戒心まで高まって、暫くはこんな風に近づけなくなってしまう。
そういった諸諸の事柄を教わった。
小手先と目線、顔の表情のみで、それだけ伝わることに感動すら覚える。
人間、少なくとも受け手側が必死にさえなれば、言葉に頼らずとも、充分コミュニケーションが図れるものなんだなぁ……。
そんな余裕までがオレの中に湧いて出たのは、ロングデスクの端に置かれた心の臓と、そのお下劣すぎなオマケ、葉植印のキャンドルが助けとなってくれたかも。
両方ともしっかり愛用されていたようで、もはや原形は留めていないけれど、それらをムッシューがここに持って来たということだけで、張りつめていた心気がブチギレないだけの弛緩ができたようにも思えてくる。
仄かなキャンドルの甘酸っぱい残り香があるのに、火が消えているということは、今のムッシューが、普段のムッシューに戻る瞬間があることを予感させるから。
葉植さん、メルシー・ミル・フォア! このバイト、最後までどうにかやり遂げられそうな気がしてきましたっ。
ナフサさんは、紙袋の中身が減っていないことを確認し終えると、その口をまたしっかり閉じなおして、
オレは頷くと同時に、ムッシューの後頭部、妙にイカしているチョン髷 にも最後の一瞥をくれて、陽炎稲妻水の月とばかりに戦線離脱。
──自分でもアッパレなくらい、静穏にイヌツゲまで戻った。
その歩き方が、ジーンズの内腿が摩れないようガニマタ気味になって、多少エリマキトカゲっぽかったのが悔やまれるところではある。
身を滑り込ませた葉陰からナフサさんも退去して来るのを視認、それがまた全くの自然体なのが口惜しい。
よ~し、今夜から腕立てと腹筋、背筋の回数を増やそう。
パワーがムリなら、クイックネスで身を守る、そうすればムッシューも蹴らずに済むわけだし。
──プレハブ小屋の内側でカーテンまでが閉められると、オレは深い溜息とともにどっと脱力。
これほどの安堵感は、大学への進学判定テストにパスできた時以来だ。
結局のところ、全てが力不足だから神経を使わなくちゃならなくなる。
……しかし、たったあれしきのことでこんなに疲れるってことは、神経というか精神は、使うだけじゃ鍛えられないって理屈になりそうだよなぁ。
ウ~ン、こりゃオレの自己強化方針からして、根本的なバグがあるんじゃないだろか?
「とまあ、ディースのあしらい方はこんなカンジだ」
「ぁはいっ……」
「洗濯機はこの壁の裏、バスルームにある。テントの中とも、ドアでつながっているのはわかっただろうが、こっちの外を廻って行った方が無難かな、トイレも一緒だからね。シャワーを浴びてる時は正気に戻っていると考えていいけど、用足しは違うんだなこれが」
「……どう違うんです?」
「意識は完全に作品に向いたままみたいでね。だから、対処法はテント内と同じだ。洗濯は、なるべく中まで入らないで、窓際で外から済ませるのが得策だね。それでも難なくできるようにはしてあるから」
「はい……そうします」
まず逃げる、ダメなら蹴る、の優先順位つきの二択なら、一肢余る分、判断も的確に下せるはずだっ。
自分を信じて──って、やっぱり自分を信じるしかないのかよぉ、この世で一番信用できないから困ってるのにぃ……。
グダグダと、込み上がる緊迫を紛らわせている内に、ナフサさんが立つ傍まで来てしまっていた。
でも、さすがにムッシューへ背中は向けられない。
早速パントマイムっぽく始まったナフサさんの説明に、頷いて了解を示す一方でオレは、ムッシューの微微とした動きも確と追い続けるために、眼がロンパってクラクラしてきた……。
そんな状況下、オレはどうにか理解していく。
食事やミネラルウォーターのボトルは、分けてライトスタンドの近くにも用意しておいた方が望ましいことや、ライトの光を遮って影を落としたりしては絶対にいけないこと。
投げ置かれたタオルやゴミは、拾える時に拾えばよくて、ムッシューが地ベタで
それから、道具類はセーフだけれど、作品に関わるパーツ類だけは絶対に触ってはダメ。
ムッシューは、その全てを視覚的に記憶しているらしく、使うことを決めていたパーツがあるべき形であった位置にないと、パニック発作を起こすだけでなく、以後の警戒心まで高まって、暫くはこんな風に近づけなくなってしまう。
そういった諸諸の事柄を教わった。
小手先と目線、顔の表情のみで、それだけ伝わることに感動すら覚える。
人間、少なくとも受け手側が必死にさえなれば、言葉に頼らずとも、充分コミュニケーションが図れるものなんだなぁ……。
そんな余裕までがオレの中に湧いて出たのは、ロングデスクの端に置かれた心の臓と、そのお下劣すぎなオマケ、葉植印のキャンドルが助けとなってくれたかも。
両方ともしっかり愛用されていたようで、もはや原形は留めていないけれど、それらをムッシューがここに持って来たということだけで、張りつめていた心気がブチギレないだけの弛緩ができたようにも思えてくる。
仄かなキャンドルの甘酸っぱい残り香があるのに、火が消えているということは、今のムッシューが、普段のムッシューに戻る瞬間があることを予感させるから。
葉植さん、メルシー・ミル・フォア! このバイト、最後までどうにかやり遂げられそうな気がしてきましたっ。
ナフサさんは、紙袋の中身が減っていないことを確認し終えると、その口をまたしっかり閉じなおして、
戻ろう
と戸口の方を指差した。オレは頷くと同時に、ムッシューの後頭部、妙にイカしているチョン
──自分でもアッパレなくらい、静穏にイヌツゲまで戻った。
その歩き方が、ジーンズの内腿が摩れないようガニマタ気味になって、多少エリマキトカゲっぽかったのが悔やまれるところではある。
身を滑り込ませた葉陰からナフサさんも退去して来るのを視認、それがまた全くの自然体なのが口惜しい。
よ~し、今夜から腕立てと腹筋、背筋の回数を増やそう。
パワーがムリなら、クイックネスで身を守る、そうすればムッシューも蹴らずに済むわけだし。
──プレハブ小屋の内側でカーテンまでが閉められると、オレは深い溜息とともにどっと脱力。
これほどの安堵感は、大学への進学判定テストにパスできた時以来だ。
結局のところ、全てが力不足だから神経を使わなくちゃならなくなる。
……しかし、たったあれしきのことでこんなに疲れるってことは、神経というか精神は、使うだけじゃ鍛えられないって理屈になりそうだよなぁ。
ウ~ン、こりゃオレの自己強化方針からして、根本的なバグがあるんじゃないだろか?
「とまあ、ディースのあしらい方はこんなカンジだ」
「ぁはいっ……」
「洗濯機はこの壁の裏、バスルームにある。テントの中とも、ドアでつながっているのはわかっただろうが、こっちの外を廻って行った方が無難かな、トイレも一緒だからね。シャワーを浴びてる時は正気に戻っていると考えていいけど、用足しは違うんだなこれが」
「……どう違うんです?」
「意識は完全に作品に向いたままみたいでね。だから、対処法はテント内と同じだ。洗濯は、なるべく中まで入らないで、窓際で外から済ませるのが得策だね。それでも難なくできるようにはしてあるから」
「はい……そうします」