044 ________________ ‐2nd part‐
文字数 1,779文字
根上は、初等課程の頃から、実行委員だの生徒会だのと自ら先頭に立って、自分が思い描いた構想へと、オレたちを誘導しようとしていたことを憶えている。
まぁ、どんなにホネをおろうとも、優秀な奴ほど見事な屁理屈を捏ねて素直に従いやしないから、そんな煩わしい役柄をよくも毎度率先して引き受けるもんだと、オレもほとんど呆れて座視していた。
口出しできるポジションにもいなかったし。
根上は、単に、リーダーシップや公権力的なモノに憧れているんだとばかり思っていたけれど、でもおそらく、根上もドーパミン教育法で初等課程に合格した一人だったんだろう。
所謂、プチ達成感の連続により目標をクリアさせる方法で、親が褒めることで子供のドーパミン分泌を促進し、問題を解いたり、何かを憶え込むたびに、快感という御褒美を与えてもらえるっていう、実に単純な勉強のさせ方だ。
オレの場合は、喜んでくれるのが母さん一人だけだったし、オレが反抗期を迎える前にいなくなってしまった。なのでそこ止まり。
けれど、祖父ちゃん祖母ちゃんを含めた家族中が、一丸となって褒めちぎり続けた子供は、置かれた環境の全員から支持されないと、気が済まなくなる傾向があると聞いたことがある。
しかし当然、そんなことは不可能だから、成長とともに屈折し、表舞台で脚光を浴びんがために、裏で隠微 に工作を図るようになるってことも多いらしい。
それが典型的な行動パターンならば、根上はもう少し品位が上で、どこででも相手かまわずというのではなく、場所と立場をきっちりと弁え、どんなに周到な画策をしようと誰も咎め立てしない学校行事で、自分の強化された快楽原則を満足させていやがったに違いない。
DG仲間から事故の詳細をせがまれたと言うのも、本当は、自分が常に話題の中心にいたいがための方便ってことも考えられるし。
もしくは、その情報をせがんだ相手から感心されることこそが、現在のところ、根上が一番快感を得られる手段なのかもしれない……。
まぁオレも、ドーパミン教育法を施されなくなってから充分屈折しておりますので、それを露見してくれたお返しと言っちゃなんだけれど、僊婆の遺体が発見された直後の現場状況を、記憶している範囲で教えてやることにした。
「……じゃぁ事故死という事実認定が先にあって、現場検証は形式的に行われたにすぎなかったのかぁ。それで? そんなに足を滑らせそうな階段だったのかな」
「ん~まぁ家自体が古かったから、拭き掃除をマメにすればするだけ滑っちゃいそうではあったかも。そもそもフツウの真っ直ぐな階段じゃぁないんだよな、ゆったりと半円を描いてて。つい踏みはずってことも充分あり得ると思う」
「いいなそれ、古い洋館ならではの奇異な構造ってだけでもう、事件性をカンジたくなるよなぁ」
「……とにかく、元気な婆様だったんだ。ましてや自分んチの階段を、手摺りに掴まって一段一段、慎重に降りるなんてことはしないな絶対」
「絶対か。元気なのは何よりだったんだけどな……」
それ、元気な方が突然亡くなっちまう不自然さに、都市伝説にとっては好都合ってだけだろがっ。
「オレたちでもよくあるだろ? 目の錯覚から踏み出す位置を間違えてバランスを崩したり、一瞬何しに降りたのかをド忘れして、脚の動きがチグハグになったりさ」
「あぁ……で?」
「そこは、いくら元気でも、反射的な動作は俊敏にとはいかなかったんじゃないの? 慌てたのが余計な勢いになって、そのまま頭からダイヴってのも全然不思議じゃないよ」
「そうかぁ、せめて密室状態だったならなぁ……あ、いや、別に他人の御不幸を徒疎 かにするつもりはないんだけどさ」
根上はさすがに恐縮した表情を見せたが、既にここまできておいてその取り繕いは無意味。
それにオレ自身、僊婆の死をフィクションのように捉えてしまっているので、熱心に聞かれれば聞かれるだけ、話したくなって仕方がない気もしてきちまっているし……。
これも、妙な教育法を経験した者特有の後遺症ってことなのかも。
会話を途切らせたオレたちを、意外すぎにも緑内がツッコんでくれる。
「オイオイ、それより第一は田宮謡だろが。その婆さん、逆にナウいとか今オシャとか言われるカセットテープやCDなんかを集めてたのかよ? その大前提がなくっちゃ、呪いもクソもないだろが」
まぁ、どんなにホネをおろうとも、優秀な奴ほど見事な屁理屈を捏ねて素直に従いやしないから、そんな煩わしい役柄をよくも毎度率先して引き受けるもんだと、オレもほとんど呆れて座視していた。
口出しできるポジションにもいなかったし。
根上は、単に、リーダーシップや公権力的なモノに憧れているんだとばかり思っていたけれど、でもおそらく、根上もドーパミン教育法で初等課程に合格した一人だったんだろう。
所謂、プチ達成感の連続により目標をクリアさせる方法で、親が褒めることで子供のドーパミン分泌を促進し、問題を解いたり、何かを憶え込むたびに、快感という御褒美を与えてもらえるっていう、実に単純な勉強のさせ方だ。
オレの場合は、喜んでくれるのが母さん一人だけだったし、オレが反抗期を迎える前にいなくなってしまった。なのでそこ止まり。
けれど、祖父ちゃん祖母ちゃんを含めた家族中が、一丸となって褒めちぎり続けた子供は、置かれた環境の全員から支持されないと、気が済まなくなる傾向があると聞いたことがある。
しかし当然、そんなことは不可能だから、成長とともに屈折し、表舞台で脚光を浴びんがために、裏で
それが典型的な行動パターンならば、根上はもう少し品位が上で、どこででも相手かまわずというのではなく、場所と立場をきっちりと弁え、どんなに周到な画策をしようと誰も咎め立てしない学校行事で、自分の強化された快楽原則を満足させていやがったに違いない。
DG仲間から事故の詳細をせがまれたと言うのも、本当は、自分が常に話題の中心にいたいがための方便ってことも考えられるし。
もしくは、その情報をせがんだ相手から感心されることこそが、現在のところ、根上が一番快感を得られる手段なのかもしれない……。
まぁオレも、ドーパミン教育法を施されなくなってから充分屈折しておりますので、それを露見してくれたお返しと言っちゃなんだけれど、僊婆の遺体が発見された直後の現場状況を、記憶している範囲で教えてやることにした。
「……じゃぁ事故死という事実認定が先にあって、現場検証は形式的に行われたにすぎなかったのかぁ。それで? そんなに足を滑らせそうな階段だったのかな」
「ん~まぁ家自体が古かったから、拭き掃除をマメにすればするだけ滑っちゃいそうではあったかも。そもそもフツウの真っ直ぐな階段じゃぁないんだよな、ゆったりと半円を描いてて。つい踏みはずってことも充分あり得ると思う」
「いいなそれ、古い洋館ならではの奇異な構造ってだけでもう、事件性をカンジたくなるよなぁ」
「……とにかく、元気な婆様だったんだ。ましてや自分んチの階段を、手摺りに掴まって一段一段、慎重に降りるなんてことはしないな絶対」
「絶対か。元気なのは何よりだったんだけどな……」
それ、元気な方が突然亡くなっちまう不自然さに、都市伝説にとっては好都合ってだけだろがっ。
「オレたちでもよくあるだろ? 目の錯覚から踏み出す位置を間違えてバランスを崩したり、一瞬何しに降りたのかをド忘れして、脚の動きがチグハグになったりさ」
「あぁ……で?」
「そこは、いくら元気でも、反射的な動作は俊敏にとはいかなかったんじゃないの? 慌てたのが余計な勢いになって、そのまま頭からダイヴってのも全然不思議じゃないよ」
「そうかぁ、せめて密室状態だったならなぁ……あ、いや、別に他人の御不幸を
根上はさすがに恐縮した表情を見せたが、既にここまできておいてその取り繕いは無意味。
それにオレ自身、僊婆の死をフィクションのように捉えてしまっているので、熱心に聞かれれば聞かれるだけ、話したくなって仕方がない気もしてきちまっているし……。
これも、妙な教育法を経験した者特有の後遺症ってことなのかも。
会話を途切らせたオレたちを、意外すぎにも緑内がツッコんでくれる。
「オイオイ、それより第一は田宮謡だろが。その婆さん、逆にナウいとか今オシャとか言われるカセットテープやCDなんかを集めてたのかよ? その大前提がなくっちゃ、呪いもクソもないだろが」