275 波動・・・・ ‐1st part‐

文字数 1,397文字

 葉植さんは、のほほ~んと言ってくれる。

「楯クン、近くに住んでて知らないのー? 合コンで飲んで唄ってバラけたあとー、公園内へ侵入しては乳繰り合うとゆー、不逞のヤカラは一年中いるんだよ」

「チチ……その、ヤカラってのは?」

「寒ければ寒いほどー、この殷賑(いんしん)な港区の真ん中で、二人っきりの世界だからねー、しかも好きなだけ御休憩しよーが無料ときてる。この下の東門は、ほかと比べて人目が少ない上ー、そんなアゲイケ女性なら、充分攀じ登れる造りでもあるからー」

「そうなんだ? いやぁ暖かい時季だけだと思ってました。それで布団屋のオヤジは、わざわざ覗きに来てたんですか? ジャガーなんかで。ったく何が町内の顔役だか、ただの出歯亀じゃんっ」

「だけどー、覗かれてたカップルがー気づいて、騒ぎだしたら、それはモ~出歯亀オヤジも大慌てで逃げだすよね」

「ですよねぇ」

「飛び乗ったジャガーを、ライトも点けず急発進させたら、スーグ、直角に近く左折しなくちゃならない。そこをセイレーンたちの歌声で、さらに動揺ーしたなら、曲がりきれなくても不思議は全然ないねー」

「……です、ね……」

「辺りに派手な音を響かせての事故となればー、覗かれた方も、充分疚しーから、文句もゆわず、警察が来る前にトンズラするしかない。あのオヤジは一応、この地域の自警団員でもあるから、個人的にも巡視してたー、って弁解も、とり敢えずはできるし」

「……しますね。たぶん、絶対……」

「まー。自警団と警察の定時パトロールが、暫く来ない時間に事故が起きてるってことを、どー解釈するかだよね」

「そっかぁ。ヤカラたちが、ワザワザ名乗り出るはずもないし、オヤジ一人なら、被害者として、自分の主張を強気で押しとおせたんですね」

「次にー、宅配ピザのバイトをしていた高校生ー。やっぱりこの界隈を、三輪バイクで爆走してたんだけどー、それに加えて、ながらスマホも初中終ーだった。ヘルメットもしっかり被らずにさー。事故るべくして事故ってるよーなもの、セイレーンの歌声はむしろ天罰だー」

「あぁ、スマホを、ホルダーでハンドルに付けてる人いますよね。ナヴィとしてじゃなく、投稿動画でもチェックしながら走行しちゃったら、そりゃ自殺行為ですって」

 ……なるほどね。つくづく人の噂って怖いなぁ、事実は間違いなくあるってのに、広める人間の都合が好いように変形されちゃって。まるで言ったもん勝ちみたいだ。

 って言うか、これまで、それで苦い思いを散散してきたってのに、やっぱり自分のことじゃなければどうでもいいから、踏み込んでなんか考えないんだよなぁ。

「そー、所詮は調子ブッこいてる若ゾーのこと、誰もウザクサがられる注意なんかしないー。楯クンも、納得しちゃうよーでは、全く英雄の器ではないね。それでこそボクの親友だー」

「……どう言う皮肉です? オレが、英雄の器じゃないってことに異議はないんだけれど」 

「神話のよーに楯クンが、オデュッセウスの代わりになって、このセイレーンたちを、唄わない岩へ変えたりしないよねー? ってこと」

「え……オレが?」

「楯クンがー、今ボクがした話を、誰かに洩らすだけで、噂は千里を七五日で駆けぬけるー。高塀の次は、彼女たち四体を撤去しろーってことになる。そーなったら、ムッシュさんも悲しむだろーな」

 そうは言いつつ葉植さん、悲しそうな表情には、やっぱり全然見えないんだよねぇ……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み