212 ポッコポコの刺客 ‐1st part‐

文字数 1,628文字

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 何はともあれ、ランニングバルコニーで一五〇〇を一本走って、それから家へと一旦帰ることにした。

 ヴィーが投げて行った、重くて嵩張る、在栖川出身の要職者年鑑を持ったままでは、どこへ行くにも何をするにも、とにかく煩わしくて敵わない。

 学生会館で借りているロッカーに、ブチ込んで置きたいところだけれど、うっかり鍵を、キーホルダーごと忘れてしまっていた。
 たぶん、昨日穿いていたジーンズのポケットにある。
 今朝はミラノに急かされた上、トリノさんも起きて来ていたもんだから、そんなことまで気がまわらなかった。

 ……ところで、オレに届いていたはずのブルーレターは、一体どうしちまったのか?

 ウチは、新聞を購読していないから、誰も、午前中に郵便受けをチェックすることはない。
 宝婁センパイが、出がけに自分宛の分を抜いて行く時に落としたとか、間違えて一緒に持って行ったか?
 しかし、センパイに限っては、そんな凡ミスなど考えられないんだよねぇ。特にブルーレターでなんて、センパイなら、その意味を、オレよりも遥かによくわかっているわけだから。
 う~ん。真っ先に疑っておくべきヴィーも、今はウチにいないときてるし……。

 つらつらと、ブルーレターの行方に思いを馳せている内に、思わず、ランニングになってしまい、どこをどう探すべきかがまだ決まっていないってのに、家の前へと着いてしまった。

 とり敢えず門扉をすりぬけ、内側から郵便受けを開けてチェック──するも、中は空っぽ。
 DMどころか、光熱費の利用明細すら入っていなかった。

 さて。もう、次に探すべきアテがない。
 あるはずがないとは思いつつ、スグ横で生えっ放しの植木の周りを、屈み込んで調べてみるも、やっぱり、ゴミらしいゴミ一つ落ちていない。
 反対の門柱側も(のぞ)いてはみたものの、全くもって、人の手入らずの荒れ放題なだけだった。

 選考委員のセンセ連中は、端から、オレのアップしたレポートなんか、目すら通してもいなかったりして?

 ダメ元が大前提だったし、そもそも特待生を狙って書いていたわけでもないから、選ばれなかったことには、これっぽっちの異議もない。
 でも、通知が届いていないってことには、無性に、スカスカな虚しさをカンジてくるんだよなぁ……。

 家から一歩外へ出れば、誰からも相手にされていない。
 水埜楯という、このオレが、社会にとって、とるに足らない矮小な存在であることを、思いっきり嘲笑(あざわら)われている気がしてくる。

 そんな感傷じみたことを思いつつ、玄関のドアノブに手を伸ばせば、しっかり鍵がかかっていた。
 まぁ家からは全員が出かけていて、外からはまだ誰も来ていない。また、生半なこの時間では当然だった。

 自分の鍵は家の中。置き鍵の隠し場所を探ってみると……どうしたことか、こっちもない。
 うっかり者の誰かが、元に戻さずもち歩いてしまっているか、玄関内のシューズラックの上にでもほったらかしになっていそう。
 庭の方へ廻ってみるしかないけれど、戸締りもきっちりされていることは間違いない。

 二階にある三部屋の、ガラス戸のいずれかが開いているかもしれないから、ヴェランダへ攀じ登ってみるか?
 最悪でも、二階のトイレの窓からならムリムリ侵入できるだろう。
 今日履いてるバッシュなら、瓦の上でも足を滑らさずに済むはずだし、センパイの仲間もスマホを頼らない人が多いから、うっかり者を捜し当てるより手っとり早い。

 ──ん? 玄関ポーチの隅っこに、新聞紙で包まれた何かがあった。

 そこに、

 だなんて、どこだか、リニューアルオープンのイカれたキャッチコピーがなければ、ただのゴミだと蹴ってしまっていたところだ。
 どうやら葉植さんが来て、ここへ置いて行ったみたい。
 今日は、ばったり出交さなかったから、やっぱりツキのない日なのかもしれない。

 包みを、そっと持ち上げると、その下に絵葉書と言うか、キャビネサイズの写真も一枚置かれていた。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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