230 ザ・レルム・オブ・ザ・シェイズ ‐1st part‐

文字数 1,506文字

 四体のセイレーンたちと違って、ギガスのオブジェ六体には、それぞれ名前があった。

 まぁ、神話にその記述があるかないかの違いでしかないし、ムッシューが正式に付けたわけでもなく、便宜的に神話のまま呼ばれだしただけみたいだけれど。

 それらは、『ジィオン』と刻まれている一体から、時計回りに定められているのだと、おハルの解説は続く。

 ヘラクレスに、ヒュドラの血を塗った毒矢を撃たれ、プレグラから引き摺り出して殺されたアルキュオネウス。

 ゼウスの雷にダメージを受けたところを、ヘラクレスの矢でトドメを刺されたポルピュリオン。

 アポロンが射た矢で右眼を、ヘラクレスが射た矢で左眼を射ぬかれて死んだエピアルテス。

 アテナにシチリア島の頂上部分を投げつけられ、押し潰れて、今尚エトナ火山で炎を吐いているエンケラドス。

 ヘパイストスから燃え盛る溶鉱の塊を喰らって、ヴェスヴィオス火山の下敷きになったミマス。

 最後のパラスは翼をもつギガスで、アテナに倒されたあと、剥いだ皮が彼女の鎧や盾に使われる。

「さらに、捥ぎとった翼も両足に付けられて、そこからアテナは、パラス・アテナの異名でも呼ばれるようになるんだワ」

「フ~ン……」

 よくもまぁ途切らせもせず、こんな話ができるもんだと感心してしまう。
 ツヤツヤ黒髪おかっぱのヅラでも被せれば、野生女子おハルも、誰かさんと間違えちまいそうだ。

「この写真の中で黒く武張ってる巨像群はさ、現地に立てられてる説明書きだと≪神神に滅ぼされたギガンテスの無念と呪怨、母なる大地への永遠の思慕が込められている≫って、されていたはずだから、決してハッピーな作品じゃないわけ」

「……まぁ神話自体が、度し難い内容な上に、破滅的っぽいもんね」

「けど、ギガントマキアは、ギリシア彫刻でも、特に神殿の切妻壁に最も多く用いられた題材だから。こうして、高さ六メートルほどの立体造形として発表された時は、出展会場だったアナハイムがあるステイツ本土より、ヨーロッパ美術界の反響の方が大きかったみたいだワ」

「あぁ、研究家のセンセがいて、授業の脱線で教わった憶えがあるよ。ギリシア‐ローマ神話はキリスト教とはまた別に、欧州人の社会通念みたいなモノだとか、どうとか……だから欧米へ出て行こうって者には、必須知識だって」

「だワ。でも欧州諸国では、そんな大規模なアートイヴェントを開催するだけの、資金力がないのが皮肉ってことかもね」

「……なるほどねぇ」

「そして、この作品によって、ディース・S・天地は二九歳にして、メジャーデビューを果たしたと言う次第だワ。まぁ活動自体はマイナー路線のままみたいなんで、日本なんかじゃまだまだ完全に無名だわね」

「そうだったんだ……で? 今までの話では、まだまだその『ジィオン』が、忌まわしい作品とまで呼ばれる理由なんか見当たらないよね」

「勿論。それには、そのイヴェント関係者が一人犠牲になった殺人事件が絡んでくるんだワ。不倫だか二股だか忘れたけど、痴情の縺れって言うチャチな殺害動機だったから、現地でも、州内で報じられただけなんじゃないかな?」

「……絡んじゃうんだ? チャチでも殺人事件なんかが」

「当然日本でも、一部の美術関係者の耳に入ったくらいだと思うワ。私が知ってるのも、卒業旅行でイギリスを巡りなおした時に、これの実物を見て、そこでガイドから、インサイドストーリー的に聞いたからだから」

 あぁ……なんか思い出した。

 ナフサさんが、オレに言い(あぐ)んだようにカンジた瞬間があったのも、ムッシューの作品絡みで起きたのが、事故ではなく事件だったからなんだ、おそらく。

 それも最悪だしねぇ、チャチさにしたって。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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