015 _______ ‐3rd part‐
文字数 1,460文字
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石段の、ほぼ半ばの位置に設けられた結構広めの足休めから石段をはずれ、僊婆の住まいへとつながる狭い横道でオレはセンパイに追い着いた。
無闇に噴き出す汗に喘鳴 しながら、オレは、センパイの涼やかなうなじのあとに続く。
門柱代わりの銀杏と枝張りの大きな桜を過ぎ越し、間隔がオレには少し狭くて歩調が狂う踏み石を行くと、手入れの行き届いた沈丁花の向こうに開けっ放しにされた玄関が目に入る。
さらに進むと、美和土 には忘れもしない、青光りする黒パンプスと安全靴が脱ぎ置かれていた。
「センパイ、里衣さんが言っていたお客って、さっきの二人みたいですよ。Tシャツを買ったムッシューと、V&Mジャポンの有勅水さんって言う女子社員。僊婆に一体何の用だったんでしょう?」
「それもこれから聞いてやる、そのためにこうして来てるんだ」
御尤 も。
愚問だったと噛み締めながら、既に僊婆への表現を過去形にしていたことに鳥肌が立つ。
……そうだった。これから対面しなくてはならないのは、いつもの矍鑠 とした僊河の婆様ではないんだ。
もう二度と動かない、しゃべりもしない、亡骸 ってことか……。
この期に及んで悒悒 としてくる。
葉植さんじゃないけれど、古い洋館には、あまりにも変死体が似合ってしまいそうで……。
センパイや里衣さんの住んでいるアパートは、ここよりも築年数は短いそうだけれど、やはり似たような板張りに白ペンキの外壁で灰色の反り屋根。そして三棟はいずれもあくまで洋風建築を主張するかのように多角形の張り出し部分がある。
アパートのそこはヴェランダやテラスのようになっているものの、ここ僊婆の家ではちょうど玄関ホールで、屋根裏となる二階への階段も、その多角形の吹きぬけ空間を半螺旋状に延びた造りとなっている。
玄関先に到着したセンパイは、オレを招き入れるようにして開いていたドアを閉じた。
外の陽射しが強かっただけに目が屋内に馴じむまでの寸陰、隙だらけの自分を多少なりとも庇おうと身がまえて、オレはまた硬直していた。
一体何が襲撃して来るって言うんだ? さぁ? なんとなく……
と、オレが自問自答している間に、センパイはチャッチャと雪駄を脱いで上がり、背伸びしてオレの頭上辺りを仰視する。
反射的にオレも慣れて来た目をふり向け、何に怯えていたのかを確然と自覚した。
里衣さんが言った僊婆が倒れている階段とは、まさにそこだから──。
オレも上がり框 ギリギリまで退いてチェックをしてはみた。
しかし手摺りの桟越しではあるけれど、僊婆の姿は階段のどこにもない。無論、有勅水さんもムッシューもいなかった。
「……どう言うことなんでしょうね?」
これも愚問、でもオレとしては口に出せただけまだマシな状態にあると言える。
センパイはもうオレの愚問につき合ってもくれず、「ふんっ」と鼻を一つ鳴らして居間へと続くドアへ向かって歩きだした。
オレも遅れをとらぬよう大急ぎでバッシュの紐をほどきにかかる。
こんな時に七面倒だけれど、これもオレのウザい習癖の一つ。ハイカットのバッシュは足首までしっかり締め上げないと落ち着けない。
かといって、ハイカットのバッシュ以外は、履かず嫌いで履けないという自家撞着 。
葉植さんぐらいルーズに履けたら、どんなに楽なことだろうか……。
場違い甚だしくもそんな個人的な瑣末事をちまちま考えている間に、奥からセンパイの明らかに棘ある声が響いてきた。
これではオレが一緒に来た意味がなくなってしまう、少しばかりふためきつつ、左手の居間へと急行するっ。
石段の、ほぼ半ばの位置に設けられた結構広めの足休めから石段をはずれ、僊婆の住まいへとつながる狭い横道でオレはセンパイに追い着いた。
無闇に噴き出す汗に
門柱代わりの銀杏と枝張りの大きな桜を過ぎ越し、間隔がオレには少し狭くて歩調が狂う踏み石を行くと、手入れの行き届いた沈丁花の向こうに開けっ放しにされた玄関が目に入る。
さらに進むと、
「センパイ、里衣さんが言っていたお客って、さっきの二人みたいですよ。Tシャツを買ったムッシューと、V&Mジャポンの有勅水さんって言う女子社員。僊婆に一体何の用だったんでしょう?」
「それもこれから聞いてやる、そのためにこうして来てるんだ」
愚問だったと噛み締めながら、既に僊婆への表現を過去形にしていたことに鳥肌が立つ。
……そうだった。これから対面しなくてはならないのは、いつもの
もう二度と動かない、しゃべりもしない、
この期に及んで
葉植さんじゃないけれど、古い洋館には、あまりにも変死体が似合ってしまいそうで……。
センパイや里衣さんの住んでいるアパートは、ここよりも築年数は短いそうだけれど、やはり似たような板張りに白ペンキの外壁で灰色の反り屋根。そして三棟はいずれもあくまで洋風建築を主張するかのように多角形の張り出し部分がある。
アパートのそこはヴェランダやテラスのようになっているものの、ここ僊婆の家ではちょうど玄関ホールで、屋根裏となる二階への階段も、その多角形の吹きぬけ空間を半螺旋状に延びた造りとなっている。
玄関先に到着したセンパイは、オレを招き入れるようにして開いていたドアを閉じた。
外の陽射しが強かっただけに目が屋内に馴じむまでの寸陰、隙だらけの自分を多少なりとも庇おうと身がまえて、オレはまた硬直していた。
一体何が襲撃して来るって言うんだ? さぁ? なんとなく……
と、オレが自問自答している間に、センパイはチャッチャと雪駄を脱いで上がり、背伸びしてオレの頭上辺りを仰視する。
反射的にオレも慣れて来た目をふり向け、何に怯えていたのかを確然と自覚した。
里衣さんが言った僊婆が倒れている階段とは、まさにそこだから──。
オレも上がり
しかし手摺りの桟越しではあるけれど、僊婆の姿は階段のどこにもない。無論、有勅水さんもムッシューもいなかった。
「……どう言うことなんでしょうね?」
これも愚問、でもオレとしては口に出せただけまだマシな状態にあると言える。
センパイはもうオレの愚問につき合ってもくれず、「ふんっ」と鼻を一つ鳴らして居間へと続くドアへ向かって歩きだした。
オレも遅れをとらぬよう大急ぎでバッシュの紐をほどきにかかる。
こんな時に七面倒だけれど、これもオレのウザい習癖の一つ。ハイカットのバッシュは足首までしっかり締め上げないと落ち着けない。
かといって、ハイカットのバッシュ以外は、履かず嫌いで履けないという
葉植さんぐらいルーズに履けたら、どんなに楽なことだろうか……。
場違い甚だしくもそんな個人的な瑣末事をちまちま考えている間に、奥からセンパイの明らかに棘ある声が響いてきた。
これではオレが一緒に来た意味がなくなってしまう、少しばかりふためきつつ、左手の居間へと急行するっ。