051 ___________ ‐3rd part‐
文字数 1,705文字
傾斜がまちまちな土地の中腹までは、工事が始められた箇所からのライト照射も届いていない。
ソーラ充電式と思われる仄かな灯りが、数段置きに設けられていただけではあるものの、石段上面の白っぽさが幸いして、明るさが不十分でも難なく進むことができた。
ムッシューのアトリエとやらは、階段途中の足休めがあった場所から、僊婆の洋館へ通じる小道の中ほどにかけての位置に建てられているようだ。
無論、洋館は既にとり壊され、クレーンなどの重機に占領されて文字どおり跡形もない。
……人間って生き物は、やはり生きていることが全てなんだと思い知らされる。
とうとう追いつけなかったと言うか、追いつくように見せて、その実、距離をしっかりとっていたと言うか、そんなオレの先を行く大弟 さんは、お辞儀をするように身を屈めつつアトリエの右端から入り、灯りを点けた。
洩れ出す光が、そこに曇りガラスの嵌る引き戸があることを示してくれる。
その引き戸へと歩み寄る合間、オレは、アトリエの外壁の大部分がライトグレーの布地が張られているだけということに気づいた。
ちゃんとした建物として設営されているのは、向かっているプレハブのみで、その後ろ側にサーカスの会場よりは小ぶりだけれど、大きなテントが張られているカンジ。
暗くて、そのテントの奥行きがどの程度あるのかよくわからない。でも、見えている面の幅は一〇メートル以上ありそう。なんかじんわり好奇心をそそられてくる。
──プレハブの戸口に到着。
蛍光灯四本が照らす八畳間ほどの室内には、角張った黒いマットを重ねただけのベッドにもなりそうなソファー、折り畳み式のロングデスクに、パイプイスが二脚ずつ向かい合わせにされている。
その奥に、キッチンセットとワンドアの冷蔵庫なんかも見て取れた。
さらには左隅にも引き戸があって、そちらは透明なガラス窓が隠れるよう、暗幕みたいなカーテンが引かれている。
たぶん、そこがテント内への入口になっているんだ。
一歩入って確認できるプレハブハウスの内装は、全面ヴェニア張りで、新しくもなさそうなのに特有のニオイがプンプンする。
大弟さんは、オレにお茶でも淹れてくれるつもりなのか、ゴソゴソと流しから調理台までを蔽い尽くさんとしていた。
彼の足裏への加重が右左と移るたび、ささくれ立った床がギッシギッシ悲鳴をあげる。
異様なのに、ヤケにショボくて滑稽で、緊張気味にあったオレの全身が解きほぐされていくカンジ。
「あの、お気づかいなく。スグに失礼しますんで」そう話しかけられるまでにはリラックスできた。
ふり向いた大弟さんの面持も、明るい中では極めてフツウと言うか、まとも。目元がムッシューとよく似ていた。
でも、やっぱり眉宇 も鼻筋もはっきりとした太いつくりで、見事に健康‐頑丈をアピールしている。
さらには直立姿勢だと天井に頭をこすりそう。
建築屋ということだけれど、建築士って意味なら、普段は一体どんな職場環境で設計図面を引いているのやら?
「まぁ戸を閉めて、適当に座りなよ。君が持って来たのは鯛焼きでしょう?」
「あ、はい。そうです、鯛焼き……」
袋に跳ね踊る姿がプリントされている上、まだ温かさまでが届くニオイからも復唱する必要はなかったのだけれど、まぁそれがオレだし。
「実は甘い物に目がなくってね、どうせディースはスグには食べないから、僕が代わっていただくよ。温かい内に御馳走になるためにもコーヒーぐらい出さないとね。インスタントで申しわけないけど、唏が自分の都合でしか用意してくれていないもんだから」
オレはもう彼のお言葉に全面的に甘えてしまうことにして、引き戸をきっちり閉めたあと、ロングデスクにデイパックを下ろし、ソファー側にあるパイプイス二脚を畳んで壁に立て掛けた。
そしてオレは、ロングデスクの反対側で残るパイプイスの一つに座って、大弟さんを待つことにする。
どう考えても、大弟さんが腰を下ろせる場所は、黒いソファーしかないもんだから。
とにかく、鯛焼きを買っておいて本当によかったぁ。
手頃だろうが関係ない、スイーツ最強説はここで実証されたも同然だよな。
ソーラ充電式と思われる仄かな灯りが、数段置きに設けられていただけではあるものの、石段上面の白っぽさが幸いして、明るさが不十分でも難なく進むことができた。
ムッシューのアトリエとやらは、階段途中の足休めがあった場所から、僊婆の洋館へ通じる小道の中ほどにかけての位置に建てられているようだ。
無論、洋館は既にとり壊され、クレーンなどの重機に占領されて文字どおり跡形もない。
……人間って生き物は、やはり生きていることが全てなんだと思い知らされる。
とうとう追いつけなかったと言うか、追いつくように見せて、その実、距離をしっかりとっていたと言うか、そんなオレの先を行く
洩れ出す光が、そこに曇りガラスの嵌る引き戸があることを示してくれる。
その引き戸へと歩み寄る合間、オレは、アトリエの外壁の大部分がライトグレーの布地が張られているだけということに気づいた。
ちゃんとした建物として設営されているのは、向かっているプレハブのみで、その後ろ側にサーカスの会場よりは小ぶりだけれど、大きなテントが張られているカンジ。
暗くて、そのテントの奥行きがどの程度あるのかよくわからない。でも、見えている面の幅は一〇メートル以上ありそう。なんかじんわり好奇心をそそられてくる。
──プレハブの戸口に到着。
蛍光灯四本が照らす八畳間ほどの室内には、角張った黒いマットを重ねただけのベッドにもなりそうなソファー、折り畳み式のロングデスクに、パイプイスが二脚ずつ向かい合わせにされている。
その奥に、キッチンセットとワンドアの冷蔵庫なんかも見て取れた。
さらには左隅にも引き戸があって、そちらは透明なガラス窓が隠れるよう、暗幕みたいなカーテンが引かれている。
たぶん、そこがテント内への入口になっているんだ。
一歩入って確認できるプレハブハウスの内装は、全面ヴェニア張りで、新しくもなさそうなのに特有のニオイがプンプンする。
大弟さんは、オレにお茶でも淹れてくれるつもりなのか、ゴソゴソと流しから調理台までを蔽い尽くさんとしていた。
彼の足裏への加重が右左と移るたび、ささくれ立った床がギッシギッシ悲鳴をあげる。
異様なのに、ヤケにショボくて滑稽で、緊張気味にあったオレの全身が解きほぐされていくカンジ。
「あの、お気づかいなく。スグに失礼しますんで」そう話しかけられるまでにはリラックスできた。
ふり向いた大弟さんの面持も、明るい中では極めてフツウと言うか、まとも。目元がムッシューとよく似ていた。
でも、やっぱり
さらには直立姿勢だと天井に頭をこすりそう。
建築屋ということだけれど、建築士って意味なら、普段は一体どんな職場環境で設計図面を引いているのやら?
「まぁ戸を閉めて、適当に座りなよ。君が持って来たのは鯛焼きでしょう?」
「あ、はい。そうです、鯛焼き……」
袋に跳ね踊る姿がプリントされている上、まだ温かさまでが届くニオイからも復唱する必要はなかったのだけれど、まぁそれがオレだし。
「実は甘い物に目がなくってね、どうせディースはスグには食べないから、僕が代わっていただくよ。温かい内に御馳走になるためにもコーヒーぐらい出さないとね。インスタントで申しわけないけど、唏が自分の都合でしか用意してくれていないもんだから」
オレはもう彼のお言葉に全面的に甘えてしまうことにして、引き戸をきっちり閉めたあと、ロングデスクにデイパックを下ろし、ソファー側にあるパイプイス二脚を畳んで壁に立て掛けた。
そしてオレは、ロングデスクの反対側で残るパイプイスの一つに座って、大弟さんを待つことにする。
どう考えても、大弟さんが腰を下ろせる場所は、黒いソファーしかないもんだから。
とにかく、鯛焼きを買っておいて本当によかったぁ。
手頃だろうが関係ない、スイーツ最強説はここで実証されたも同然だよな。