208 ______________ ‐3rd part‐

文字数 1,510文字

 ならばオレも、この際お言葉に甘えて遠慮なく、オレのガチを態度で示すためにも、同等の力と勢いで抱き締め返しておかないと。

 ──「待つ待つ楯楯、嬉しいけど、苦しいんだよ」

「へ……ゴメン、だってさぁ──あれっ?」

 狼狽えつつも、ミラノから離れてみれば、オレの背後にまわされていたはずのミラノの両腕は、どちらも、ちゃんとオレの目の前にあった。

 オレに残る感触からも、オレは、ミラノの両腕の上から抱きついていたようにも思うんだけれど……。
 それじゃ、この、オレの背中に受けた感触は何なんだったんだ一体!

 首をヒネり回して見るまでもなく、オレはミラノに頼まれて、スパイダーシルクのニットを仕舞ったデイパックを背負っていたんだった……。

「失敗失敗」

「……何、オレ?」

「ウゥン、違うんだよ。ここはダメダメだったんだよ」

「ここが? どして……」

 今度は間違いなく、ミラノから頬を寄せて来てくれた。
「唄われちゃったんだよ」と囁いたあと、ミラノはオレの耳たぶの縁を甘噛みしてから、ニッコ~リ笑う。

「へっ?」

 あたふたと辺りに目をやりまくれば、ここはちょうど、高塀こそなくなったものの、まだ勤勤(きんきん)と工事が続けられている、噂のと言うか例のと言うか、あのY字路だった──。

「行こう行こう、ここから離れないとだよ」

「ん~、まぁそうだったね」

 ミラノとの会話に夢中になって、つい西麻布方向へと、最短距離を歩こうとしてしまっていたみたい。
 しかも、そんな所で柄にもなく、路上ラヴシーンを演じちまおうとしていただなんて……ホント、ダメダメ。

 それに、つい今し方カンジていた、肩の付け根から背中辺りにあった感触ももう、本当にあったのかどうかすらも、定かでなくなるくらいでしかなくなっているし。

「楯の頭、またグルグルが始まってるよ」

「……誰? ってこともないよね、何だったんだろガチで。言いわけじゃなく、ホントに錯覚しちゃっててさ」

「違う違う、全部セイレーンが唄ったせいなんだよ。今度は、もっと邪魔されないトコで、ガシガシやろうねっ」

「セイレーン?」

 今度はしっかりと首をふって目を向ける。
 その、とり広げられた土地の中腹には、銀色に鈍く輝くあのセイレーン像の一体が、凝然と立っているのが見て取れた。
 それも、存在しない眼で、こちらを見据えているような気さえしてくる。

「ホラホラァ、行こ行こ楯」

「あの、ムッシューの、ザ・レルム・オブ・ザ・シェイズがつくった『シレーヌ』のことを言ってるわけ?」

 ミラノはほんのわずかの間、イタズラっコみたいな横目でオレの表情を窺っていたけれど、オレの手をしっかり握って歩きだす。
 オレはただただ、ミラノがバランスを崩さないように、ちゃんと並んで行くしかない……。

「内緒内緒。トリノが負けてもワタシの勝ち勝ち、あまり内緒なことばかり話して、楯に好きじゃなくなられたらイヤイヤだも~ん」

 ……また、よくわからないけれど、ミラノにはお見通しのようだった。

 オレが今日のテストにパスできても、もう、犯人たちなんかを突き止めに、田宮謡なんかを追っ駆けようとしている場合じゃないって、固めたはずの、今さっきまでの決意が、完全に揺らいでしまっていることを。

 なんだか、脱生半宣言からこっち、結構肉体的にはガンバった割りには、一気に生半のふりだしへと逆戻りのような……。

 いやいや、ミラノのとの関係は、生半じゃなく深まってきちゃっているんだから、これは単なる針路転換。
 そう! これは意識、やはり意識の問題なんだっ。

 だって、殺人犯を逮捕へ導くなんてことよりも、ミラノの傍にいられるようになることの方が、余っぽど生半ではないことなんだから……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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