060 ____________________ ‐3rd part‐
文字数 1,710文字
「では、そろそろ引きげるとしようか」
「あ、はい。御心配をかけないよう努めますので……」
──外の寒さも、今ばかりはヤケに心地好かった。
小屋を出た途端に深呼吸と伸びをしたオレに、ナフサさんは苦笑気味に声をかけてくれる。
「スグに慣れるよ。芸術家としてのディースだけでなく、唏にもね」
「はい?」
「いや。水埜クンはクラブとかサークルの活動は、毎日ないのかい?」
ナフサさんは、プレハブ小屋の戸が、しっかりと施錠されたことを指一本で軽く引いて確認して、石段の方へ歩きだしながら話題を変えてきた。
「……えっと、ないですけど?」
「履いているシューズと、そのきちんとした履き方から、ファッションだけでなく実際にバスケットボールをやってる人だと思ってね」
「えぇ去年までは、でも今は全然。ウチの大学って、そういうスポーツ系の活動は、進む学科が決まってからがフツウなんですよね」
「あぁそうだった、在栖川は入ってからも競争らしいもんね」
「まぁ早くも最後尾を独走中なんで、このバイトに支障を来たすことはありませんから。サフサさんの学生時代は、バスケもよさそうだけれどアメフトで鳴らしたってカンジですよね?」
石段を並んで下りながらオレの口をふと衝いて出た質問は、ナフサさんにとってステレオタイプの極みといったモノだったようだ。
「よく言われるけど、僕は接触プレイで負傷者が出るような球技は、観戦するのも得意じゃないんだよね。バスケは授業でやらされたけど、アメリカンフットボールは一度もやったことがないな」
「すみません不躾なことを言っちゃいまして。でも、アメリカの大学だったら、スカウトが凄かったんじゃないのかなと思ったんで」
「別にいいけど、そうでもなかったよ。ただ大きいってだけでどうにかなるスポーツなんてないからね。何より僕にはヤル気がなかったし」
「そうだったんですか……」
「あんな小さいボールを巡って、大のオトナが寄って集って、どうして熱くなれるのかがわからないんだ。闘争本能を満足させるとしたら、僕なら海を相手にマグロ漁船にでも乗るよ」
ナフサさんの身長、なんと二三三センチだった!
ギネス記録には届かないものの、ウェンバンヤマどころか、NBA歴代最長身選手のマヌート・ボルやジョージ・ミュアサンよりデカいっ。
けれど、な~んか印象と中身のスケール感が微妙にちぐはぐで、収まりが悪いんだよぇ。
でもそれは、これだけの偉丈夫ならではの御愛敬ってことで諾了させる以外にない。
そして
シベルネティゼとして発表した最初の作品が、それを展示した美術館関係者の死亡事故に関係してしまってから、そう囁かれるようになったと言う。
ムッシューではなく、作品の方が事件に関わったというのが引っかかるものの、その件についてはナフサさん、自分から触れておきながらあまり話したくなさそうなので、オレも初会の礼儀として、それ以上を尋ねるのはやめておくことにした。
──ナフサさんが、みっしりと運転席に納まるトラックを見送ったあと、ただちに有勅水さんへと電話をかける。
別に誰でもよかったけれど、これまでの三〇分足らずをモォ~どうにも、話したくって、話したくって。
しかしながら。出たのはまたもや、つれない留守番電話サーヴィスのアナウンス。
……仕方がない、ムッシューは無事に制作活動中であることと、それと経緯ナシで、いつナフサさんの船に乗りに行くかを尋ねて、メッセージをきりあげた。
でも。あ~ん、どうしても誰かに話さずにはいられないよぉ。
きっと、UFOを至近距離で目撃した時のドキドキというか、速鐘のような胸の高鳴りってのは、こんな興奮に違いない。
なんか息苦しいと思ったら、オレは呼吸も忘れたままの全力疾走でもって家へと急いでしまっていた。
唯一、オレの話に耳を傾けてくれそうな里衣さんは、帰って来ているかどうかビミョ~な時刻だってのに。
今ばかりは、センパイの仲間か、ヴィーのダチども、誰でもいいからウチにいてくれますようにと、乞い願って駆け続けた──。
「あ、はい。御心配をかけないよう努めますので……」
──外の寒さも、今ばかりはヤケに心地好かった。
小屋を出た途端に深呼吸と伸びをしたオレに、ナフサさんは苦笑気味に声をかけてくれる。
「スグに慣れるよ。芸術家としてのディースだけでなく、唏にもね」
「はい?」
「いや。水埜クンはクラブとかサークルの活動は、毎日ないのかい?」
ナフサさんは、プレハブ小屋の戸が、しっかりと施錠されたことを指一本で軽く引いて確認して、石段の方へ歩きだしながら話題を変えてきた。
「……えっと、ないですけど?」
「履いているシューズと、そのきちんとした履き方から、ファッションだけでなく実際にバスケットボールをやってる人だと思ってね」
「えぇ去年までは、でも今は全然。ウチの大学って、そういうスポーツ系の活動は、進む学科が決まってからがフツウなんですよね」
「あぁそうだった、在栖川は入ってからも競争らしいもんね」
「まぁ早くも最後尾を独走中なんで、このバイトに支障を来たすことはありませんから。サフサさんの学生時代は、バスケもよさそうだけれどアメフトで鳴らしたってカンジですよね?」
石段を並んで下りながらオレの口をふと衝いて出た質問は、ナフサさんにとってステレオタイプの極みといったモノだったようだ。
「よく言われるけど、僕は接触プレイで負傷者が出るような球技は、観戦するのも得意じゃないんだよね。バスケは授業でやらされたけど、アメリカンフットボールは一度もやったことがないな」
「すみません不躾なことを言っちゃいまして。でも、アメリカの大学だったら、スカウトが凄かったんじゃないのかなと思ったんで」
「別にいいけど、そうでもなかったよ。ただ大きいってだけでどうにかなるスポーツなんてないからね。何より僕にはヤル気がなかったし」
「そうだったんですか……」
「あんな小さいボールを巡って、大のオトナが寄って集って、どうして熱くなれるのかがわからないんだ。闘争本能を満足させるとしたら、僕なら海を相手にマグロ漁船にでも乗るよ」
ナフサさんの身長、なんと二三三センチだった!
ギネス記録には届かないものの、ウェンバンヤマどころか、NBA歴代最長身選手のマヌート・ボルやジョージ・ミュアサンよりデカいっ。
けれど、な~んか印象と中身のスケール感が微妙にちぐはぐで、収まりが悪いんだよぇ。
でもそれは、これだけの偉丈夫ならではの御愛敬ってことで諾了させる以外にない。
そして
冥界の領域
、ザ・レルム・オブ・ザ・シェイズというのは、知る人ぞ知るムッシューの業界での通り名だった。シベルネティゼとして発表した最初の作品が、それを展示した美術館関係者の死亡事故に関係してしまってから、そう囁かれるようになったと言う。
ムッシューではなく、作品の方が事件に関わったというのが引っかかるものの、その件についてはナフサさん、自分から触れておきながらあまり話したくなさそうなので、オレも初会の礼儀として、それ以上を尋ねるのはやめておくことにした。
──ナフサさんが、みっしりと運転席に納まるトラックを見送ったあと、ただちに有勅水さんへと電話をかける。
別に誰でもよかったけれど、これまでの三〇分足らずをモォ~どうにも、話したくって、話したくって。
しかしながら。出たのはまたもや、つれない留守番電話サーヴィスのアナウンス。
……仕方がない、ムッシューは無事に制作活動中であることと、それと経緯ナシで、いつナフサさんの船に乗りに行くかを尋ねて、メッセージをきりあげた。
でも。あ~ん、どうしても誰かに話さずにはいられないよぉ。
きっと、UFOを至近距離で目撃した時のドキドキというか、速鐘のような胸の高鳴りってのは、こんな興奮に違いない。
なんか息苦しいと思ったら、オレは呼吸も忘れたままの全力疾走でもって家へと急いでしまっていた。
唯一、オレの話に耳を傾けてくれそうな里衣さんは、帰って来ているかどうかビミョ~な時刻だってのに。
今ばかりは、センパイの仲間か、ヴィーのダチども、誰でもいいからウチにいてくれますようにと、乞い願って駆け続けた──。