008 ______________ ‐2nd part‐
文字数 1,957文字
「いきなりで驚いちゃったかしら? でもでも、気を取りなおして聞いて欲しいんだけど、もしこの商品のデザインが君のオリジナルなら、権利をウチの会社に預けるつもりはなぁい?」
「ヘっ?」
「これって、そおしてハンダを細工した物よね?」
「……あぁ、はい……」
「厳密な技法や作風まではムリだけど、貴金属を使って宝石なんかもアクセントにすれば、商品価値が高まるだけでなく正当な評価も得られると思うの。勿論、この特徴的なデフォルマシオンやアルカイックで外連味 のないフィーリングとかはきちんと残して。ね、どおかしら? 私に任せてくれたら、悪いようにはしないわよ」
有勅水さんは、今度は何か瞳で訴えかける嬌笑を見せた。その名のとおり笑顔使いの達人なのかも、って言うかまさに女神の微笑み。
そう言やアルテミスって、彼女の苗字と語呂のよく似た女神がいたよな……。
「はぁ──」
オレにはそう答えるのが精一杯。どうかしらって言われても、はてさて一体、何がどうなんだろう?
「唏はまったく。だから、そんなきりだし方じゃダメだって言ってるんだよ。つくる側の気持を全っ然っ理解しようとしていない」
すっくと立ち上がり、そう言い放ったムッシューに吃驚もしたけれど、それ以上に二人が知り合いだったってことが意表だった。
「はぁ? 一体何がよ」
「いいかい、彼がつくるこの愛敬のある昆虫たちは、素材がハンダだからこそいいんじゃないか。鏝で微妙に熱を加えながら、一本の線を立体的なフォルムに仕上げて行く三次元の一筆書きみたいなところがオモシロいんだし、熱の加減で光沢のある部分と曇った部分が混在しているのも風味なんだっ。それを一体何だって?」
「だから何なの一体?」
「唏が言ってることはだな、まるで巷で評判のラーメンを強引にインスタント化して全国のコンヴィニで売るのと一緒っ。ましてや材質だけ高級にして吹っかけようって意味だろ」
「……そおかしらぁ?」
「その手の商談を向こうの屋台でするのならまだ納得できるがねっ。大体、唏は彼の名前すら聞いていない。自分の赫赫 とした名刺を渡しさえすれば、それで互いの立場がわかり合えるとでも思ってるのかいっ?」
「はいはい、お説教はたくさんよディース。ここは私の国、日本なの。私のやり方に口を挿まないでちょうだい。それにベルギーにはあるのかもしれないけど、通りすがりの初対面同士きちんと自己紹介し合わなくちゃロクに会話もできないなんて、堅っ苦しい礼儀なんか存在しないの」
「通りすがりの自己紹介の一体どこが堅苦しい礼儀なんだいっ」
「て言うか、彼だって、いきなり私に自分のことを教えたくないかもしれないでしょ。私だって、今スグ彼から契約を取りつけようだなんて考えてないわ、でも何より連絡先がわからなかったら意味ないじゃない? こんなのはほんの挨拶なのよ。ねぇ?」
「……は、まぁ……」
そんな、内輪揉 めの審判役をだしぬけにオレにふられても困るんだけれど。
まぁオレとしては正直、有勅水さんに全面的に味方したいという意識が強くある。
しかしだ、オレの前を横切ったあのわずか数歩の間で、オレの商品をそこまで見てくれていたのかと思うと、このディースとか言うベルギーのムッシューを、すっかり侮っていた申しわけなさも犇犇 とカンジてくるし。
褒めてくれるのならなぜ、足を止めてくれなかったのかとも思うし……。
そもそも、両者とも間違ってはいないような気もするんだけれど、オレの曖昧な返事と態度がいけなかったらしく、二人は一層声高に言い争いを始めてしまっていた。
有勅水さん、今さっきの鮮麗な笑顔はどこへやら、ムッシューへの剣幕には結構なキツさと迫力。
やっぱり、アルテミスって月光の女神も、キレるとゼウスからもらった弓矢を射まくって手がつけられない凄まじい性分だったような……。
「モォ~! 痴話ゲンカは他所 でやってーっ。外国のおニィさんもボクの作品買ってくれるのくれないのー? それともー今まで興味津津ぽくボクの話を聞いてくれてたのは、頭のネジが足りなそーなコが、なんか必死にガンバってるなーってゆーお慰みだったー?」
意表すぎにも、葉植さんが最初にダルギレしたぁ……。
「チョット、痴話ゲンカって‥‥」
「いや、僕は全然そんなこと。その心臓のキャンドルと脳ミソの石鹸は是非とも買って帰ろうと決めていたんだ。本当だよボクちゃん、お慰みだなんてとんでもないっ」
「ホントにー? やったー、じゃぁ毎度ありー。二つでゼロ万一五〇〇円ポッキリになりま~す。おニィさんはー、この『バロック‐タナトス』シリーズのお客第一号様なので、サーヴィスにこちらの摩羅ドーナ標準サイズを差しあげちゃいま~す。ですけどぉ、くれぐれも変なプレィには御使用にならないでくださいねー」
「ヘっ?」
「これって、そおしてハンダを細工した物よね?」
「……あぁ、はい……」
「厳密な技法や作風まではムリだけど、貴金属を使って宝石なんかもアクセントにすれば、商品価値が高まるだけでなく正当な評価も得られると思うの。勿論、この特徴的なデフォルマシオンやアルカイックで
有勅水さんは、今度は何か瞳で訴えかける嬌笑を見せた。その名のとおり笑顔使いの達人なのかも、って言うかまさに女神の微笑み。
そう言やアルテミスって、彼女の苗字と語呂のよく似た女神がいたよな……。
「はぁ──」
オレにはそう答えるのが精一杯。どうかしらって言われても、はてさて一体、何がどうなんだろう?
「唏はまったく。だから、そんなきりだし方じゃダメだって言ってるんだよ。つくる側の気持を全っ然っ理解しようとしていない」
すっくと立ち上がり、そう言い放ったムッシューに吃驚もしたけれど、それ以上に二人が知り合いだったってことが意表だった。
「はぁ? 一体何がよ」
「いいかい、彼がつくるこの愛敬のある昆虫たちは、素材がハンダだからこそいいんじゃないか。鏝で微妙に熱を加えながら、一本の線を立体的なフォルムに仕上げて行く三次元の一筆書きみたいなところがオモシロいんだし、熱の加減で光沢のある部分と曇った部分が混在しているのも風味なんだっ。それを一体何だって?」
「だから何なの一体?」
「唏が言ってることはだな、まるで巷で評判のラーメンを強引にインスタント化して全国のコンヴィニで売るのと一緒っ。ましてや材質だけ高級にして吹っかけようって意味だろ」
「……そおかしらぁ?」
「その手の商談を向こうの屋台でするのならまだ納得できるがねっ。大体、唏は彼の名前すら聞いていない。自分の
「はいはい、お説教はたくさんよディース。ここは私の国、日本なの。私のやり方に口を挿まないでちょうだい。それにベルギーにはあるのかもしれないけど、通りすがりの初対面同士きちんと自己紹介し合わなくちゃロクに会話もできないなんて、堅っ苦しい礼儀なんか存在しないの」
「通りすがりの自己紹介の一体どこが堅苦しい礼儀なんだいっ」
「て言うか、彼だって、いきなり私に自分のことを教えたくないかもしれないでしょ。私だって、今スグ彼から契約を取りつけようだなんて考えてないわ、でも何より連絡先がわからなかったら意味ないじゃない? こんなのはほんの挨拶なのよ。ねぇ?」
「……は、まぁ……」
そんな、
まぁオレとしては正直、有勅水さんに全面的に味方したいという意識が強くある。
しかしだ、オレの前を横切ったあのわずか数歩の間で、オレの商品をそこまで見てくれていたのかと思うと、このディースとか言うベルギーのムッシューを、すっかり侮っていた申しわけなさも
褒めてくれるのならなぜ、足を止めてくれなかったのかとも思うし……。
そもそも、両者とも間違ってはいないような気もするんだけれど、オレの曖昧な返事と態度がいけなかったらしく、二人は一層声高に言い争いを始めてしまっていた。
有勅水さん、今さっきの鮮麗な笑顔はどこへやら、ムッシューへの剣幕には結構なキツさと迫力。
やっぱり、アルテミスって月光の女神も、キレるとゼウスからもらった弓矢を射まくって手がつけられない凄まじい性分だったような……。
「モォ~! 痴話ゲンカは
意表すぎにも、葉植さんが最初にダルギレしたぁ……。
「チョット、痴話ゲンカって‥‥」
「いや、僕は全然そんなこと。その心臓のキャンドルと脳ミソの石鹸は是非とも買って帰ろうと決めていたんだ。本当だよボクちゃん、お慰みだなんてとんでもないっ」
「ホントにー? やったー、じゃぁ毎度ありー。二つでゼロ万一五〇〇円ポッキリになりま~す。おニィさんはー、この『バロック‐タナトス』シリーズのお客第一号様なので、サーヴィスにこちらの摩羅ドーナ標準サイズを差しあげちゃいま~す。ですけどぉ、くれぐれも変なプレィには御使用にならないでくださいねー」