059 ____________________ ‐2nd part‐
文字数 1,655文字
「それから、テント内はとり敢えず最適になるよう空調されているんだ。寒くも空気の淀みもなかったろう? できれば、一日の最後に忘れずにこのコントロールパネルをチェックして、異常があったらスグ唏に連絡して欲しいんだ」
「はい」
「唏が忙しくて、君が業者と立ち会う場合もあるかもしれないな。そっくり交換するだけだから、別に心配は要らないけど、時間はとられてしまうだろうね」
「……それは全然、かまいませんけれど……」
ナフサさんは一歩退いて、キッチンセットのある壁の一部、細長い二人分のロッカーが立つスグ脇を指差す。
家庭用の給湯システムに似た小さなディスプレイ付きのパネルで、見方も操作も大差なさそうだ。横に緊急電話の受話器とダイヤルボタンも並んでいた。
「テント自体も、格別な素材でできていてね。防音と断熱に優れているだけでなく、外からの光は三割ほど透すけど、内側からは洩らさない。その上、ソーラユニットの集光装置の役割も果たしている軍事目的で開発されたV&M御自慢の代物だ」
「……Ⅴ&Mって、そんなことまで?」
目笑してナフサさんは続ける。
テントは主電源が燃料電池によるハイブリッドシステムだから、水も自給する造りになっている。聞き慣れない音も発するが気にする必要はない。
むしろ聞き慣れてきた音から故障が疑えるようにカンジたら、スグに連絡を。
しっかりと設営してあるので、雨風による影響はまずないはずだが、想定以上の雨量が降ると天幕部の弛みに溜まった分を吸い出すのが追い着かなくなり、外表面を多量の水が満遍なく伝い落ちるという異様な現象も起こり得る。
大雪が積もった場合には、テントが発熱して溶かすようにもなっているから、湯気がモウモウと立ち込めるなんて光景を目にすることもあるかもしれない、などなど。
「特に問題は発生しないと思うんだが、些細なことでも一向にかまわない、何か不安をカンジたら逐一唏に報告してくれた方がありがたいな。唏の反応はどうであれ、弟の僕としてはね」
責任の一元化を図るため、ナフサさんに直接連絡してはマズいらしく、電話番号などをオレには教えられないと言う。
けれど、その逆は問題ナシ。オレはメルアドまでをナフサさんに伝え、夜中でも熟睡さえしていなければスグに気づけるだろうということも告げた。
「……ほかには何かありますか?」
「そうだね……この工事現場内で発生するトラブルの一切が、保険で補償されるという理由から、夜間に警備員が置かれていないんだけど、とり敢えず、ここの戸締りは必ずしてもらった方がいいかな。ディースを閉じ込める気がしようとも、だ」
「はいっ」……それこそ絶対だ。凶暴なムッシューを野放しになんてあり得ない。
「ビル工事の連中には率直に、ここには気難しい芸術家がつめているんで関わらないよう通達してはあるらしいけど、トラブルの原因になることは、できるだけ避けるに越したことはないからね。鍵もなくさない方がいいよ、特別な物ではなくても手続き的に面倒なんだ」
「はい。でもオレ、まだ鍵をもらっていないんですけれど」
「そうなのかい? また唏は、しょうがないなぁ。なら、ここの関係者であることを示すセキュリティカードは?」
「……それも、まだですね」
「普段はシャッターからではなく、人は横の通用口から出入りすることになる。一応そのカードがキーになるだけでなく、登録された君個人のIDナンバーも押さないと、ロックが解除されないドアになってるんだ」
「うわぁ……有勅水さんにはただ、今日の講義が終わったら寄ってみてって、言われたきりでしたから」
「まったく唏には困ったもんだ。忙しいのはわかるけど、偶に肝心なところをごっそりと忘れてくれる。僕と入れ違いにならずにホントよかった」
「ですねぇ、ホントよかったです」
「厳しく注意しておかないとな。まぁ正式な仕事は、そのカードや鍵をもらってからになるけど、バイト代はきっちり今日から払うよう言っておくよ」
「よろしくお願いしますっ」ホント、ツイてた今日はぁ──。
「はい」
「唏が忙しくて、君が業者と立ち会う場合もあるかもしれないな。そっくり交換するだけだから、別に心配は要らないけど、時間はとられてしまうだろうね」
「……それは全然、かまいませんけれど……」
ナフサさんは一歩退いて、キッチンセットのある壁の一部、細長い二人分のロッカーが立つスグ脇を指差す。
家庭用の給湯システムに似た小さなディスプレイ付きのパネルで、見方も操作も大差なさそうだ。横に緊急電話の受話器とダイヤルボタンも並んでいた。
「テント自体も、格別な素材でできていてね。防音と断熱に優れているだけでなく、外からの光は三割ほど透すけど、内側からは洩らさない。その上、ソーラユニットの集光装置の役割も果たしている軍事目的で開発されたV&M御自慢の代物だ」
「……Ⅴ&Mって、そんなことまで?」
目笑してナフサさんは続ける。
テントは主電源が燃料電池によるハイブリッドシステムだから、水も自給する造りになっている。聞き慣れない音も発するが気にする必要はない。
むしろ聞き慣れてきた音から故障が疑えるようにカンジたら、スグに連絡を。
しっかりと設営してあるので、雨風による影響はまずないはずだが、想定以上の雨量が降ると天幕部の弛みに溜まった分を吸い出すのが追い着かなくなり、外表面を多量の水が満遍なく伝い落ちるという異様な現象も起こり得る。
大雪が積もった場合には、テントが発熱して溶かすようにもなっているから、湯気がモウモウと立ち込めるなんて光景を目にすることもあるかもしれない、などなど。
「特に問題は発生しないと思うんだが、些細なことでも一向にかまわない、何か不安をカンジたら逐一唏に報告してくれた方がありがたいな。唏の反応はどうであれ、弟の僕としてはね」
責任の一元化を図るため、ナフサさんに直接連絡してはマズいらしく、電話番号などをオレには教えられないと言う。
けれど、その逆は問題ナシ。オレはメルアドまでをナフサさんに伝え、夜中でも熟睡さえしていなければスグに気づけるだろうということも告げた。
「……ほかには何かありますか?」
「そうだね……この工事現場内で発生するトラブルの一切が、保険で補償されるという理由から、夜間に警備員が置かれていないんだけど、とり敢えず、ここの戸締りは必ずしてもらった方がいいかな。ディースを閉じ込める気がしようとも、だ」
「はいっ」……それこそ絶対だ。凶暴なムッシューを野放しになんてあり得ない。
「ビル工事の連中には率直に、ここには気難しい芸術家がつめているんで関わらないよう通達してはあるらしいけど、トラブルの原因になることは、できるだけ避けるに越したことはないからね。鍵もなくさない方がいいよ、特別な物ではなくても手続き的に面倒なんだ」
「はい。でもオレ、まだ鍵をもらっていないんですけれど」
「そうなのかい? また唏は、しょうがないなぁ。なら、ここの関係者であることを示すセキュリティカードは?」
「……それも、まだですね」
「普段はシャッターからではなく、人は横の通用口から出入りすることになる。一応そのカードがキーになるだけでなく、登録された君個人のIDナンバーも押さないと、ロックが解除されないドアになってるんだ」
「うわぁ……有勅水さんにはただ、今日の講義が終わったら寄ってみてって、言われたきりでしたから」
「まったく唏には困ったもんだ。忙しいのはわかるけど、偶に肝心なところをごっそりと忘れてくれる。僕と入れ違いにならずにホントよかった」
「ですねぇ、ホントよかったです」
「厳しく注意しておかないとな。まぁ正式な仕事は、そのカードや鍵をもらってからになるけど、バイト代はきっちり今日から払うよう言っておくよ」
「よろしくお願いしますっ」ホント、ツイてた今日はぁ──。