038 ____________ ‐2nd part‐

文字数 1,763文字

 理工学部で大学院へ進めば、研究職には間違いなく就ける。

 所属するゼミでの成果によっては、学科の成績関係なく授業料が免除されるし、学生の身分のまま財団系企業に雇われて、奨励金という名目で給料や賞与が支給されたりもする。言葉の壁がない研究成果をあげまくり続ける、世界に誇る学部ときているもんだから。

 わかってはいたものの、たった半年で、なんか随分遠く離れてしまった気がしてくる。

「……就職かぁ。ロクすっぽバイトも見つからないってのに、これまた遠い話だよ」

「何か発明でもすればいいよ。割りはどうだかわからんけど、少なくともバカにはされないだろ。ウチでよければ、手続き後に企業への売り込みもバックアップできるし」

「んなムチャ、サラッと言ってくれるなよ根上。家庭教師や塾講より難しいっての」

「今日日、主婦の発明王がザラなんだ。水埜なら、長年の独り暮らしの不便さから幾らでも出てくるんじゃないか?」

「ムリムリ。不便は不便と諦める便利な思考回路ができあがっちまってるもんだから」

「なら俺と隕石ハンターつき合えよ、インレグ使ってさ。雑用人夫に雇ってやるぜ。数センチのパラサイト一個で数十万、月の裏側から飛んできたヤツなら一〇〇グラムで一億だっ」

「割りは良さそうだけど、フツウにバカ呼ばわりだな」

「だろ? そこで水埜の需要が発生するんだ。おバカ手当は弾んでやるぞ」

 根上の貶言(おとしめごと)はちゃんと受けつつも、上重ねしてオレへと返す緑内だった。

「あのなぁ。ったく、どうせ行き先は日本国内ですらないんだろ? そんなカネあったらバイトなんか探してないっての」

「なら、バカにされながら安い時給をウジウジ稼げよ。あ、さては水埜、オンナ孕ませちまったんだろ。それで先週までサボってたんだ? そっかそっか、おまえはいつかやる奴だと思ってたんだよ」

「へぇ、そりゃ豪気じゃないか。やっぱ文科はラズマタァズ(派手やか)だなぁ」

 ……ったく。緑内の()れ言に根上までがノってきやがるとは。

「誰がだよっ。でも気をつけろ~、根上はその内カノジョができそうだけれど、緑内は程程にしとかないと、星がどんだけロマンチックだっておまえが語るとブチ壊しなんだから」

「そうそう、いくらヲタク気質がプロ根性の正体とは言え、四一〇〇万キロ離れたヴィーナスより、地上のウェヌスだよ緑内」

「バ、バカヤロッ、上婾(うえぬす)は俺好みの美人ってだけのことだろ。セクションが違う女子とのことまで俯瞰(ふかん)してんなっ」

「別に、俯瞰するまでもなく、おまえがわかり易いだけだけどね」

「だから根上の近くは嫌なんだ、さっさと婿養子にでもなってセクションだけでも変わってくれ。宇宙物理のゼミに進めるまでは、明け宵の明星と望遠鏡越しにシャグるだけで充分果てられるんだ俺は!」

「……おまえ、ヤバいどころか、終わってたんだなもう既に」

「なるほどね。やっぱ気をつけろ~、そのおまえ好みの美人ってのはルシファーかも知れないぜぇ」

 魔王サタンの異名ルシファーには、明けの明星の意味もあるんで、オレのツッコみはこの二人だったからか、これまた珍しく大笑いになった。
 それもオレがオチにならずに済んだ分、オレは心置きなく腹を抱えられたし。

 ▼

 食堂棟は、明治時代の建築家‐片山東熊(かたやまとうくま)による蒼古としたルネッサンス様式の一、二号館とは似てもつかない、現代建築の粋を尽くされたキャンパス内で最も新しい建物だ。

 高さ的には四階建てくらいだけれど、階段や段差は一切なく、緩やかなスロープが一階から地階と地上二、三階のフロアをとり巻いていて、完全バリアフリーの世界的モデルと評されている。

 外観も、全面がガラス張りの楕円柱形というインテリジェントなデザイン。
 中庭の芝生や花壇、理工学部のフォーシングハウスへの陽当たりを考慮したため、最上階は部分的にギザギザの形状をしているから、恰も根本近くでボッキリ折れたバベルの塔といった趣きだ。

 なので、

、そんな、在栖川が輩出した傑士たちの借屍還魂(しゃくしかんこん)李代桃僵(りだいとうきょう)さをシニックに隠喩したシンボルであるとも揶揄されていたりする。

 オレたちは、食堂棟の二箇所ある出入口の東側へと近づいていたところだったけれど、ちょうど南側の出入口との間くらいの位置に、有勅水さんらしき女性が立っていた。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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