093 _______________ ‐3rd part‐

文字数 1,535文字

「エッ? アラ嫌だぁ、水埜クン。そんなトコ見てたの?」

「そんな、嫌だぁとか言われるような見方はしてませんけれど……」

「なら忘れてね~、それも企業秘密ってことで。ウチの資材開発部門がつくらせたモノなんだけど、ディースのウルサイ注文のせいで、ワザワザ塀として使ってるの」

「……さすが天下のⅤ&Mですねぇ、企業秘密が多そうで」

「まぁ、それで納得しておいてちょうだいな。私も一度説明は聞いたんだけど、専門的なことが多すぎてさっぱりなの。けどまぁお蔭で事故も、この程度で済んでくれたわけだし、いいからお茶飲みに行っちゃいましょ」

 有勅水さんは、コートの襟を立てて来た道を引き返し始める。

 きっと、毛絲さんチの店へ行こうってことなんだろう……まぁ、オレも真性文系人間なもんだから、しち難しい構造式だの物理的特性だのを並べ立てられても、逆に困るしねぇ……。

「あ、有勅水さんこれどうも、ありがとう御座いました」

 オレはマフラーを返そうとはずして、それがセイレネスのアイテムだと気づいた。

「アラ、いいのに。それ、今日のお礼にプレゼントしちゃう。一応セイレネスの品物を、目立つところに身につけてないとマズいかなって、間に合わせで買ったんだけど。コートの上からかけてただけだから、まだ全然、私臭くないと思うわ、嫌じゃなかったらもらって」

 臭いだなんて、そんな……有勅水さんは全然臭くなんかありません、決して!
 無論ながら、そう全面降伏してしまいかけた。
 あらためて首に巻きなおしてもらって、内心では完全に、白旗をブルンブルン振っちまっているんだけれど。

 まぁ確かに間に合わせ、よく見るとこれマフラーじゃない。まだ、春なんか気配すらない寒さ続きだけれど、時期的にも売っているわけがなかった。
 素材はシルクみたいだし、クラヴァットと言うか、正装時に首から提げる飾り帯ってカンジ。でも、マフラーよりも使いまわしが利きそうでメチャメチャ嬉しい。

 もう一気に、日本知らずのお嬢サマ二人を、五時間近くかけて連れて来るぐらいはお茶の子さいさい、身も心も一瞬にしてシャンと回生しちゃった気分!

「よかったぁ、気に入ってくれたみたいね。お駄賃をあげるんじゃ、また怒るもんねぇ水埜クンは。使いっ走りじゃないって」

「そうです。カネはなくても、いや、カネがないからこそ、その辺は譲れませんね。でもこれ、ホントにもらっちゃっていいんですか?」

「勿論。最初から水埜クンにあげようと思って選んでた物だから。私は、セイレネスのエンスーでも、アフィシナドー(崇拝者)でもないし」

「じゃぁ、素直にちょうだいしちゃいますっ」

 首を竦めると、なんだか有勅水さんの香水だけではない残芳が香ってきそうで、クラクラしちゃう~。

「イエイエこちらこそ。ホント感謝してるのよっ、渡した金額で足りるかどうか不安だったから。彼女たちには、ホームステイだなんてムリなお願いをしている手前、ほかでケチるわけにもいかないでしょう? でも、ほとんど使わずに帰ってくれて大助かりだわ~。まぁムリをさせているのは、水埜クンにもなんだけど」

「オレの方はいいですよもう。それに、たぶんオレのためにそうすることにしたんでしょう? よかったら、そろそろ教えてくださいよ、例の作戦の全貌ってヤツを」

「当然、そのために、こうして途中でおいとまして来たんだもん」

 その、作戦と呼ぶまでもない(たばか)りの内容は、浮かれたオレを驚心動魄(きょうしんどうはく)させたものの、手はずとしては、毛絲さんチの店に着くまでの間に語り終えてしまえるほど、他愛ないモノだった。

 しかし、たぶん効果は覿面、きっと必ず巧くいく!

 何せ、オレにしてみれば一世一代、本来なら一生に一度きりでも、できないくらいの大仕掛けなんだから。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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