271 _______________________ ‐3rd part‐

文字数 1,418文字

 やはりこの歌声は、所謂コイルを巻いた磁石で振動板を震わせて鳴らす、ダイナミック型スピーカーで出力されているわけではないんだ。
 まるで……そう、ヘッドフォンをして聴いてると言うか、鼓膜に直接響いているカンジ。
 無論、オレの両耳を蓋うモノなど何もないって言うのに、それこそオレの体そのモノが、スピーカーと化しているような……。

 この歌声、声調自体はむしろ好きだけれど、どうにも質感が堪らない。
 頭の内側で、脳ミソの表面を五本の指の腹で撫でられたり、眼球を外へウリウリ押されているような、そんな感覚とでも言えばいいんだろうか?

 葉植さんに、一旦ここから退いてもかまわないのかを尋ねようと、体ごと右へ向けたその瞬間のこと!
  誰かがいきなりオレに思いきり負ぶさって来たっ──。

 しこたま魂消て、首を背後までまわして見る、けれど誰もいない。人の姿なんかどこにもない。
 だのにギュ~ッと、痛いとまではいかないまでも、しっかりはっきりと締めつけてくる。
 身をよじっても、上半身をふってみても、その感触を払い落とせない。

 そこそこの力でしがみつかれているってのに、そこに、人の体があるような重みはないときてるので、ふり落とそうとするのが土台ムリなことだった。

 助けを求めてはみたものの、発した声はまるで響かず、届いているように思えない。葉植さんも、ノーリアクションで突っ立ったまま。

 きっと、オレが、奇妙なダンスで踊り狂っているみたく見えるに違いない。

 ……そう自身を客観分析する一方、オレはジタバタと踠き足掻いた。
 痛くもない、苦しくもない、でも見えない何者かがオレの背中にしがみつき、首にも腕をまわして、ふり落とされまいと踏ん張り続けている。
 とてもじゃないけれど、それに抵抗せずにはいられなかった。 

 いつの間にか、オレの周りで、若い女性が婀娜(あさ)っぽく笑う声が渦巻きだす。
 頭の天辺から発するような黄色い声で、キャラキャラと幼女まではしゃぎ廻り始めた……。
 全身が総毛立って、冷や汗が噴き出す。
 オレの、背中を掃う手も、上体を揺すっている足も強張ってくる。

 それでもオレは、ぎくしゃくと動き続ける以外に術がなく、その内に目までがまわってきてしまう。

 暗い中で、テラスの白っぽさと朧月、それと周囲のチラホラとした灯りが、網膜にジグザグと光跡を残して、次第に上下左右の、根本的な方向感覚までが失われだした。

「ぐぅわっ!」

 今度はしっかりと痛かった。それに無様の極み、オレは吹っ飛び、テラスの上で尻餅をついていた。

 ヴィーに年鑑を投げつけられた側とは反対の腰骨を、蹴られたか、突き押されたと思うんだけれど、それをした犯人に今度はきちんと実体があった、葉植さんだ。

 テラスに両手を突いて、仰天と見上げているオレに手招きをする。

 実体のないモノがしがみついている感覚はまだあるけれど、オレは跳ね起きて、離れ行く葉植さんを追う。
 葉植さんは、テラスから上へつながる階段の方に走っていたから、オレも背負っている何者かのことなどかまずに、とにかく急ぐ。

 ──四五度の上空へ顔を向け、胸の前で合掌しているカンジに見えるセイレーン像の前を行き過ぎ、階段を駆け上がる。

 おっと! 葉植さんに並ぼうかという時に、葉植さんは足を止めてしまった。お次は一体何だって言うのか?

「どうしま──あれっ? 声が戻った。ちゃんと聞こえますよ葉植さん! 自分の声が、今はもうフツウにっ」
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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