061 灰色の青空から_お声がかり ‐1st part‐
文字数 1,805文字
新年を迎え、さらに後期分の全テスト日程を終了しても、ムッシューの制作活動は続いていた。
パーツの組み立てそのものは、一月の頭には出来あがっていたものの、シベルネティゼと言うだけあって、電子制御系の調整が昼夜を問わず延延と、あの策源地仕様のテント内で繰り返されているようだった。その目的は、オレには全くわからないけれど。
シベルネティゼ……現物を見た限り、手も脚もない単なる金属製のオブジェでしかなく、どうしようとも、それ自体は動きそうにない。
でも、オレよりは幾らか大きいその体貌は、ヤケに濃艶なラインを有していて、何とも妄想的な大きさと形をしたヒップやバストともいえる挑発的な形状までが、ボボ~ンと張り出している。
顔に相当する箇所は、ツルンと鼻さえないのっぺらぼうだけれど、それ以外の頭部から胴体の背側面にかけては、羽の模様がびっしりと彫り込まれており、まるで長い髪と閉じた翼のように下方へと流れを描いていた。
そんなのが、それぞれ違うポーズとニュアンスで四体あり、一体にだけ『SIRĒNES』とイタリックっぽい字体で銘されていて、フランス語つづりだから、セイレネスではなく『シレーヌ』と呼ぶことになりそう。
四体いずれも、部分部分は今にも脈動を始めそうな妖しさがカンジられた。
そうした全てが、ムッシューなりの、セイレネスの簡素化‐非個性化なんだと思うけれど、さすがは、プロのアブストラクション‐アーティスト(抽象芸術家)だけのことはあるっ、とオレでさえ思えてしまう出来映えだ。
しかしながら、依然としてテント内に踏み込む際には、毎度緊張の連続。
奥のロングデスクの席にいない時、ムッシューは、コンクリートの上で俯 せに寝転がっていることが多くなり、眠っているのかどうか、暫く様子を見ていないと判断がつかない。
顔を埋めて酣睡 しているかと思えば、いきなり飛び起きて遮二無二 、金 タワシでコンクリートの床磨きを始めたりするからモォ~、何度肝を冷したか知れやしれないったら。
自覚はないとは言え、いい加減ムッシューも、缶詰生活のストレスが限界ギリギリにまで達してしまっているのかも?
そう考えると、ホント飲食物やタオルを運ぶ数分間が地獄の恐怖……。
でも、ツラいことばかりじゃあない。
オレはこれまでに二本のセイレネスジーンズをゲット。
さらには浮いた生活費で、正月を家族と過すためにパリへ行った有勅水さんに、古着のライダースジャケットまで買って帰ってもらった。
その上、ヴィーが連れて来たヘアメイク‐アシスタントの雨曽根 さんとも、セイレネス談議で仲好くなって、以来彼女が、伸ばしていた前髪を活かしたヘアスタイルをオレに施してくれるようにもなった。
だから現在、オレは外装だけなら生涯一無敵だぁ──。
それなのにっ、ヴィーの奴には、今年も尻毛を毟 られっ放し!
とうとう恵比寿のマンションを引き払って、六本木ヒルズのレジデンスなんぞに、メイドつきで引っ越して来やがった。
従妹弟の二人が大学受験のために上京したとのことで、入試終了後も三人一緒に暮す建前にはなっているそうだけれど。
三人各各が好き勝手に借りるよりも安あがりで安心、それにオシャレで、地元でも聞こえがいいって、安心以外の感覚がもうオレには理解不能。
ミッドタウンのレジデンスでは、首都高速が邪魔になって、ウチや大学が見えないって理由で物件を決めちまったのも、いきなり入居できちまったのも物凄く如何わしい。
だからって、どうせヴィーのことだ、ウチをセカンドハウスにし続けることに何ら変わりはない。
メイドは家事だけではなく、ヴィーたちのお目付役もかねているもんだから、むしろ自宅には本当に着替えに帰るだけになっちまってる。
それに、遂には雑誌のグラヴュアにまで、自分本来の姿をまるっきり損壊させた格好で載るようになりやがって。
いい加減、国許のセレブ一族郎党どもは、ヴィーの野放図ぶりを引き締めにかからないと、今にとんでもないスキャンダルになる可能性だって大なのに、どうもモデルをやることには異存がなさそうときているから、首を傾げずにはいられない。
それならメイドは、一体ヴィーの何を監察しているのかとチョット探りを入れてみれば、健康状態と本分である学業を疎かにさせないための配慮だけ。
もう、思いっきり期待がハズレて、傾げた首も戻したくなくなるっ。
パーツの組み立てそのものは、一月の頭には出来あがっていたものの、シベルネティゼと言うだけあって、電子制御系の調整が昼夜を問わず延延と、あの策源地仕様のテント内で繰り返されているようだった。その目的は、オレには全くわからないけれど。
シベルネティゼ……現物を見た限り、手も脚もない単なる金属製のオブジェでしかなく、どうしようとも、それ自体は動きそうにない。
でも、オレよりは幾らか大きいその体貌は、ヤケに濃艶なラインを有していて、何とも妄想的な大きさと形をしたヒップやバストともいえる挑発的な形状までが、ボボ~ンと張り出している。
顔に相当する箇所は、ツルンと鼻さえないのっぺらぼうだけれど、それ以外の頭部から胴体の背側面にかけては、羽の模様がびっしりと彫り込まれており、まるで長い髪と閉じた翼のように下方へと流れを描いていた。
そんなのが、それぞれ違うポーズとニュアンスで四体あり、一体にだけ『SIRĒNES』とイタリックっぽい字体で銘されていて、フランス語つづりだから、セイレネスではなく『シレーヌ』と呼ぶことになりそう。
四体いずれも、部分部分は今にも脈動を始めそうな妖しさがカンジられた。
そうした全てが、ムッシューなりの、セイレネスの簡素化‐非個性化なんだと思うけれど、さすがは、プロのアブストラクション‐アーティスト(抽象芸術家)だけのことはあるっ、とオレでさえ思えてしまう出来映えだ。
しかしながら、依然としてテント内に踏み込む際には、毎度緊張の連続。
奥のロングデスクの席にいない時、ムッシューは、コンクリートの上で
顔を埋めて
自覚はないとは言え、いい加減ムッシューも、缶詰生活のストレスが限界ギリギリにまで達してしまっているのかも?
そう考えると、ホント飲食物やタオルを運ぶ数分間が地獄の恐怖……。
でも、ツラいことばかりじゃあない。
オレはこれまでに二本のセイレネスジーンズをゲット。
さらには浮いた生活費で、正月を家族と過すためにパリへ行った有勅水さんに、古着のライダースジャケットまで買って帰ってもらった。
その上、ヴィーが連れて来たヘアメイク‐アシスタントの
だから現在、オレは外装だけなら生涯一無敵だぁ──。
それなのにっ、ヴィーの奴には、今年も尻毛を
とうとう恵比寿のマンションを引き払って、六本木ヒルズのレジデンスなんぞに、メイドつきで引っ越して来やがった。
従妹弟の二人が大学受験のために上京したとのことで、入試終了後も三人一緒に暮す建前にはなっているそうだけれど。
三人各各が好き勝手に借りるよりも安あがりで安心、それにオシャレで、地元でも聞こえがいいって、安心以外の感覚がもうオレには理解不能。
ミッドタウンのレジデンスでは、首都高速が邪魔になって、ウチや大学が見えないって理由で物件を決めちまったのも、いきなり入居できちまったのも物凄く如何わしい。
だからって、どうせヴィーのことだ、ウチをセカンドハウスにし続けることに何ら変わりはない。
メイドは家事だけではなく、ヴィーたちのお目付役もかねているもんだから、むしろ自宅には本当に着替えに帰るだけになっちまってる。
それに、遂には雑誌のグラヴュアにまで、自分本来の姿をまるっきり損壊させた格好で載るようになりやがって。
いい加減、国許のセレブ一族郎党どもは、ヴィーの野放図ぶりを引き締めにかからないと、今にとんでもないスキャンダルになる可能性だって大なのに、どうもモデルをやることには異存がなさそうときているから、首を傾げずにはいられない。
それならメイドは、一体ヴィーの何を監察しているのかとチョット探りを入れてみれば、健康状態と本分である学業を疎かにさせないための配慮だけ。
もう、思いっきり期待がハズレて、傾げた首も戻したくなくなるっ。