049 セヴンフッターとの邂逅 ‐1st part‐

文字数 1,668文字

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 六限目までを今日も何とかやり過ごし、鯛焼き屋へ寄ってから、有勅水さんの依頼どおりにムッシューの所へ向かう。

 いよいよガチに、ライダースジャケットをゲットしにかからなければならないことを知らせる薄ら寒さから、無性に食べたくなってしまった。
 ハフハフ鯛焼きに齧りつきながら、差し入れ分が冷めない内にと、建設現場までを急ぎ足。

 朝とはまた別方向からの大廻りをして、バス通りを渡り、街路灯がお慰み程度の間隔で灯る道へと入る。
 その緩徐(かんじょ)とした勾配を暫く下ると、区立野球場のナイター照明が、辺りの空に白さを散蒔(ばらま)いているせいで、その手前にある記念公園の植え込みが、濃密な陰となって見えてきた。
 さらに進めば、その暗翳(あんえい)の半分以上が目指していた場所、再開発される土地を囲う重厚な鉄塀であることがわかる。

 それを右側に見ながら、普段よりもかなり木暗く感じるY字路を曲がり、朝ムッシューが、らしくもなく鋭い視線を向けていた搬入路の前へと到着──。

 そこは、一層どんよりとした宵闇が満ちていて、突き当たりにあるはずの銀色のシャッターまでも黒い壁に変えていた。

 下りきっているシャッターへ、ほとんど見えない足元に気をつけながら近づくごとに、開くのかどうかが心配になる。
 暗順応してきたオレの目には、思っていた以上に大きく重量感があるように映ったから。

 でも、やはりシャッターは車両用らしく、少し手前にアルミ製らしきドアが設けてあった。
 あれから、メール一つもよこさない繁忙そうな有勅水さんへ、オレから泣き言を入れずに済みそうだ。

 がしかし、そこを目指しノブに手を伸ばしかけたところ、いきなり、突き当たりの闇が真一文字に裂け始めるから身が竦む──。

 そこへの凝視を続けていると、シャッターが上へとめくれていて内側から淡い光が洩れ出ているんだと認識できた。
 あまりにも静かすぎる、せめて聞き慣れたシャッター特有ともいえる金属の軋み音でもしてくれれば、こんなに魂消ずに済んだのに……。

 そして結構な速さで広がりつつある開口部には、がっしりした男の脚が現れていた。

 その人が内側からシャッターを開けたのだろうけれど、さらに目を細めて瞠若(どうじゃく)しているにもかかわらず、その誰かさんの顔形は、なかなかと言うか、シャッターにもっと速く上がれよと焦れるくらい拝めない……。
 そこに立っていたのは、それくらいデッカい人だった。

「んん? 誰だいそこにいるのは」

 まさに重低音といった圧力を感じる声。
 でも口調は穏やかで声質もマイルド。弱い照度で逆光にもなっているから細かい表情まではわからない。
 けれど、その屈強そうなガタイの割りには端正というか、理知的な顔様(かおざま)をしているように見受けられた。
 髪形も短く刈った癖毛にきっちり櫛を通して横分けにしてあるし、よくよく見れば、その髪はゴールドに透け輝いていた。
 身につけているのも、サイズこそ格段に違うものの見憶えある紺色のツナギ。

「……あ、あのムッシュー、いえディースさんは?」

「え? 兄さんに用事なのかい、どうも学生さんのようだけど」

 兄さん? あのムッシューの? 弟ぉ? こんな、アメフトのラインバッカーみたいなのがぁ……。

「ぁはい、えぇそうなんですっ」

「もしかしてファンなの? よく探り出したもんだね。彼がザ・レルム・オブ・ザ・シェイズだって、どうしてわかったんだい?」

「は?」
 ……ザ・シェイズ、シェイドの複数形に定冠詞付きだから、

? 

って、一体何のことだろうか?

「あぁゴメンゴメン。僕に驚いているんだね。でも大丈夫、安心していいよ。僕はK‐1選手でもプロレスラーでもないからね、こんな図体だけど建築屋なんだ」

「……はぁ」
 でも、オレの頭の中では脈絡もなく、彼が涼しい顔で長大なH型鋼をブン回しているイメージが展開されていた。

 シャッターが上がりきったらしく、それまで続いていた微かな顫動音(ぜんどうおん)が止んだ。

 それで訪れた感覚的に完全なる静寂が、オレの首根っこをむんずと掴んで、暗澹たる気持へと引き摺り込んでいく──。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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