037 バベルの塔vsノアの方舟 ‐1st part‐
文字数 1,681文字
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昼休み、オレは附属あがりの同学年二人と食堂棟を目指すことになった。
二限目の教室が二人と隣同士だってことには気づいていたけれど、講義終わりに廊下で出交わした根上 の方から昼メシを誘われるとは思いも寄らなかった。
またそこへ、緑内 までもが声をかけて来たから珍しい。きっと今日は、オレの後ろに、とって喰われそうなヴィーの姿がなかったからに決まっているけれど。
二人は理工学部生なので、話題はどうしても中高課程時代の回顧か、今も中高課程に残っている連中の現況話になってしまう。
……回顧としか言えないのは、思い出なんていいモノじゃ、オレには全然ないので。
大体、超大統一理論だのプランクエネルギーだのと、熱く語りだされてもついていけない。
緑内には、そんなオレでおもしろがるペダンティックな性向が強くあるけれど、根上は空気を読んで、それとなく逸れた軌道を戻してくれる雅量 があるから、一緒にいても愉しくは過ごせる、それなりに。
ただ、癖はあっても心根に裏表のない緑内に対して、根上は当たりは好いものの、なんとなく上っ面であしらわれているカンジがして、胸中では実際どう考えているのかを疑いたくなってくる。
まぁどちらも、好き好 んでまで一対一でつき合う気にはなれない相手で、二人の方も何の警戒も要らないオレだから、偶には昼メシでもと気紛れたんだろう。
「……それはそうと、根上たちってバイトとかしてんの?」
「ん? まぁ親父の手伝いぐらいだな、それで金額的にも時間的にも充分だからね。緑内は? 休み中にバイトを始めていたんじゃないか? まだ続けてるのかい」
「げ! ったく、地獄耳と般若眼は相変わらずってかよぉ」と答えつつ、一歩横へと跳びズレもする緑内だった。
「よく見つかったなぁ、休み前に決めとかないとムリだろフツウ? あぁ~緑内も、手伝いかよ身内の」
それこそフツウか……オレがハズレているだけで。
「あれは短期って言うか、非常勤みたいな仕事だったから続けたくてもムリなんだ。でもよかったぞぉ、投影機も操作させてもらえてさ」
「へ~……」
それだけではオレには何のことかさっぱりだけれど、この調子の緑内にヘタに相槌以外を入れると鬼ウザくなるから。
それは根上にしても自明の理。
「昭和中頃の国産レンズもなかなかだぜぇ、2次色収差が甘い分、構成枚数もたっぷりだからな。なんか輝きの質感が緩くって、フィルター換えながら眺めてるだけでノスタルジーを味わえちまうんだ」
「……そうなんだ?」
「けどまぁ、それの操作ってのは制御系の言語でコード組んどくだけなんで、俺の思い入れまでダイレクトには反映しきれないんだけどな……」
「そっか……」
よく解らんけれど、緑内は芝公園にあるウチの財団が運営する博物館のプラネタリウムで、技術アシスタントをやったらしい。
そして根上の父親は弁理士だったはずだから、特許事務所の雑用ってところか。
いずれにしても親のコネだから全然参考にならない。そもそも、こづかい増額目当てのバイトでもなさそうだし。
やはり、欲しい物は買ってやるから勉強しろ、っていう家庭なんだろうから、聞いたオレが間違いだった……。
完全な自動きり替えで軽い自閉モードへ入っていたオレを、気にもかけずに緑内が引き戻してくれる。
「何だ? 水埜はバイト探してんのか?」
「ん~、何か割りがいいのないかと思って。ヘマしても、在栖川のクセにってバカにされないようなトコをさぁ」
オレの返答には、根上が先に反応する。
「あはは、そいつは難しいよね。世間の景気‐不景気関係なくウチだけは全く心配がない前途洋洋だと思われてるからね。流説にまで伝統があるってのはツラいよなぁ」
「全くだ。そんな社会認識があるから学生たちも、財団の斡旋を断ってまでの就職はしたくないんだよ。大体さ、俺たち理系の人間は修士卒業があたまえなんだから、研究内容をそのまま活かせる労働環境が、悪くない待遇で与えられるのを拒む理由なんかないぜ」
そう言う緑内も、根上も、オレとは違って将来の目標のために中高課程の六年をパスした口だ。
昼休み、オレは附属あがりの同学年二人と食堂棟を目指すことになった。
二限目の教室が二人と隣同士だってことには気づいていたけれど、講義終わりに廊下で出交わした
またそこへ、
二人は理工学部生なので、話題はどうしても中高課程時代の回顧か、今も中高課程に残っている連中の現況話になってしまう。
……回顧としか言えないのは、思い出なんていいモノじゃ、オレには全然ないので。
大体、超大統一理論だのプランクエネルギーだのと、熱く語りだされてもついていけない。
緑内には、そんなオレでおもしろがるペダンティックな性向が強くあるけれど、根上は空気を読んで、それとなく逸れた軌道を戻してくれる
ただ、癖はあっても心根に裏表のない緑内に対して、根上は当たりは好いものの、なんとなく上っ面であしらわれているカンジがして、胸中では実際どう考えているのかを疑いたくなってくる。
まぁどちらも、好き
「……それはそうと、根上たちってバイトとかしてんの?」
「ん? まぁ親父の手伝いぐらいだな、それで金額的にも時間的にも充分だからね。緑内は? 休み中にバイトを始めていたんじゃないか? まだ続けてるのかい」
「げ! ったく、地獄耳と般若眼は相変わらずってかよぉ」と答えつつ、一歩横へと跳びズレもする緑内だった。
「よく見つかったなぁ、休み前に決めとかないとムリだろフツウ? あぁ~緑内も、手伝いかよ身内の」
それこそフツウか……オレがハズレているだけで。
「あれは短期って言うか、非常勤みたいな仕事だったから続けたくてもムリなんだ。でもよかったぞぉ、投影機も操作させてもらえてさ」
「へ~……」
それだけではオレには何のことかさっぱりだけれど、この調子の緑内にヘタに相槌以外を入れると鬼ウザくなるから。
それは根上にしても自明の理。
「昭和中頃の国産レンズもなかなかだぜぇ、2次色収差が甘い分、構成枚数もたっぷりだからな。なんか輝きの質感が緩くって、フィルター換えながら眺めてるだけでノスタルジーを味わえちまうんだ」
「……そうなんだ?」
「けどまぁ、それの操作ってのは制御系の言語でコード組んどくだけなんで、俺の思い入れまでダイレクトには反映しきれないんだけどな……」
「そっか……」
よく解らんけれど、緑内は芝公園にあるウチの財団が運営する博物館のプラネタリウムで、技術アシスタントをやったらしい。
そして根上の父親は弁理士だったはずだから、特許事務所の雑用ってところか。
いずれにしても親のコネだから全然参考にならない。そもそも、こづかい増額目当てのバイトでもなさそうだし。
やはり、欲しい物は買ってやるから勉強しろ、っていう家庭なんだろうから、聞いたオレが間違いだった……。
完全な自動きり替えで軽い自閉モードへ入っていたオレを、気にもかけずに緑内が引き戻してくれる。
「何だ? 水埜はバイト探してんのか?」
「ん~、何か割りがいいのないかと思って。ヘマしても、在栖川のクセにってバカにされないようなトコをさぁ」
オレの返答には、根上が先に反応する。
「あはは、そいつは難しいよね。世間の景気‐不景気関係なくウチだけは全く心配がない前途洋洋だと思われてるからね。流説にまで伝統があるってのはツラいよなぁ」
「全くだ。そんな社会認識があるから学生たちも、財団の斡旋を断ってまでの就職はしたくないんだよ。大体さ、俺たち理系の人間は修士卒業があたまえなんだから、研究内容をそのまま活かせる労働環境が、悪くない待遇で与えられるのを拒む理由なんかないぜ」
そう言う緑内も、根上も、オレとは違って将来の目標のために中高課程の六年をパスした口だ。