091 ウゥ~寒っ……嵐の前の自損事故 ‐1st part‐
文字数 1,566文字
──角を曲がると、もう、ほんの数メートル先に救急車が停まっていた。
病人ではなく事故だ! それも、今夜からオレの住まいでもある建設現場の塀へ、白いクルマが激突しちまったみたい……。
既に、疎らな人垣ができるくらいの野次馬が集まっていて、救急車のヘッドライトに浮かび上がったシルエットが揺れ動く。
もっと傍で、何がどうなっているのかを詳しく知りたい──。
人が立ち囲む間から事故の様子を窺えば、白いセダンは右前部分からひしゃげて、フロントガラスも、割れないながらそっくりはずれて、スグ下の道路に落ちていた……。
けれど、ほぼ車幅だけ、キレイにブチぬかれてしまった塀の破片の方が、それ以上に粉粉で辺りへ散り飛んでいる。
見た目から、全部が厚手のコ型鋼材だと思っていたのに、鉄製なのは、その組み合わせでつくられた塀を支える柱的な部分だけだったらしい。
セダンの突進を喰い止めた
それなのに、なんてツイてないドライヴァーだろ。もうあと十数センチ、突っ込む位置が左にズレていれば、クルマからして軽症で済んだろうに。
……運転席があるこちら側のドアが前後とも開いていて、後部シートに女性が一人、凭れるように座っているのが窺えるけれど、どうも意識はなさそう。
そのセダンを運転していたのは、五〇歳くらいのオバサンだった。
名前までは知らないものの見憶えがある、この近所に住んでいるはずだ。
エアバッグのお蔭で、体にはどこにもケガがないようだけれど、救急隊員に対して半狂乱に近い逆ギレ状態。
「娘を早く助けなさいよっ!」と、隊員の一人に縋りついて、却って速やかな活動の邪魔をしている。
どうやら、後部座席で失神しているオバサンの娘は、臨月も近い妊婦ということで、気が気じゃないに違いないけれど。
セダンは、丁度Y字路の分岐点に面した高塀に衝突し、止まっている格好になる。
ここはY字の左上にしか進めない一方通行。
オレが走って来た右側の道路も、右折して、やはり左上にぬけるしかない一方通行の入口につながっているので、セダンは下からやって来て、左折をし損ねたことになる。
と言うより、曲がる気もなく直進を続けた、ってカンジにオレの目には映るんだよねぇ、このあり様はどうにも……。
広い道幅ではないので、表通りを走行するほどの速度は出していなかった。それがただ幸いしただけ、とも思えてくる。
この、多くはない人集りからも、高塀へ衝突した際の音が、ウチの賑やかなLDには届かない程度だったことを物語っていそう。
別の救急隊員が、セダンの反対側のドアを開け、車内の娘へ声をかけて反応をチェックし始めると、オバサンは、それまでのヒステリックな言動をピタリとやめて、娘の方へと跳んで来る。
その、我が目を疑うまでの俊敏さと、ヤケに必死な形相があまりにも可笑しくて、オレはついつい鼻音をたててしまった、いけないとは思いつつも。
オバサンは、慎重にゆっくりと車内から運び出されようとしている娘へ、頻りに謝りながら言いわけをし始めた。
それがまた、とても正常とは思えない印象なので、意識のない娘よりも、オバサンの方が打ち所が悪かったのではないかと思えてくる。
「ゴメンねゴメンね」を繰り返す合間に、妙チキリンなことまでも訴え続けていた。
突然、クルマの中に誰かが入って来たんだとか。
その、姿の見えない人たちの言葉に驚かされてハンドルをきり損ねてしまったんだとか。
まるで、幽霊にでも襲われて事故ったみたいな口ぶり。
終いには、無反応のままストレッチャーへ移された娘に向けて、「おまえにだって聞こえたはずだよっ」とまで言い立てていた。
病人ではなく事故だ! それも、今夜からオレの住まいでもある建設現場の塀へ、白いクルマが激突しちまったみたい……。
既に、疎らな人垣ができるくらいの野次馬が集まっていて、救急車のヘッドライトに浮かび上がったシルエットが揺れ動く。
もっと傍で、何がどうなっているのかを詳しく知りたい──。
人が立ち囲む間から事故の様子を窺えば、白いセダンは右前部分からひしゃげて、フロントガラスも、割れないながらそっくりはずれて、スグ下の道路に落ちていた……。
けれど、ほぼ車幅だけ、キレイにブチぬかれてしまった塀の破片の方が、それ以上に粉粉で辺りへ散り飛んでいる。
見た目から、全部が厚手のコ型鋼材だと思っていたのに、鉄製なのは、その組み合わせでつくられた塀を支える柱的な部分だけだったらしい。
セダンの突進を喰い止めた
くの字
に折れ曲がった一本を除いて、ほかは瀬戸物みたいに木っ端微塵。路上を、交通事故ではなく、倒壊跡みたいに埃っぽく汚していた。それなのに、なんてツイてないドライヴァーだろ。もうあと十数センチ、突っ込む位置が左にズレていれば、クルマからして軽症で済んだろうに。
……運転席があるこちら側のドアが前後とも開いていて、後部シートに女性が一人、凭れるように座っているのが窺えるけれど、どうも意識はなさそう。
そのセダンを運転していたのは、五〇歳くらいのオバサンだった。
名前までは知らないものの見憶えがある、この近所に住んでいるはずだ。
エアバッグのお蔭で、体にはどこにもケガがないようだけれど、救急隊員に対して半狂乱に近い逆ギレ状態。
「娘を早く助けなさいよっ!」と、隊員の一人に縋りついて、却って速やかな活動の邪魔をしている。
どうやら、後部座席で失神しているオバサンの娘は、臨月も近い妊婦ということで、気が気じゃないに違いないけれど。
セダンは、丁度Y字路の分岐点に面した高塀に衝突し、止まっている格好になる。
ここはY字の左上にしか進めない一方通行。
オレが走って来た右側の道路も、右折して、やはり左上にぬけるしかない一方通行の入口につながっているので、セダンは下からやって来て、左折をし損ねたことになる。
と言うより、曲がる気もなく直進を続けた、ってカンジにオレの目には映るんだよねぇ、このあり様はどうにも……。
広い道幅ではないので、表通りを走行するほどの速度は出していなかった。それがただ幸いしただけ、とも思えてくる。
この、多くはない人集りからも、高塀へ衝突した際の音が、ウチの賑やかなLDには届かない程度だったことを物語っていそう。
別の救急隊員が、セダンの反対側のドアを開け、車内の娘へ声をかけて反応をチェックし始めると、オバサンは、それまでのヒステリックな言動をピタリとやめて、娘の方へと跳んで来る。
その、我が目を疑うまでの俊敏さと、ヤケに必死な形相があまりにも可笑しくて、オレはついつい鼻音をたててしまった、いけないとは思いつつも。
オバサンは、慎重にゆっくりと車内から運び出されようとしている娘へ、頻りに謝りながら言いわけをし始めた。
それがまた、とても正常とは思えない印象なので、意識のない娘よりも、オバサンの方が打ち所が悪かったのではないかと思えてくる。
「ゴメンねゴメンね」を繰り返す合間に、妙チキリンなことまでも訴え続けていた。
突然、クルマの中に誰かが入って来たんだとか。
その、姿の見えない人たちの言葉に驚かされてハンドルをきり損ねてしまったんだとか。
まるで、幽霊にでも襲われて事故ったみたいな口ぶり。
終いには、無反応のままストレッチャーへ移された娘に向けて、「おまえにだって聞こえたはずだよっ」とまで言い立てていた。