307 _____ ‐3rd part‐

文字数 1,235文字

 でも、力を入れながらヴィーから離れるなんてこともムリだ。躱そうとした途端に、ナイフをそのまま振り下ろされちまうぅ。

 尻餅をつくカンジで避けるしかないけれど、背面から階段を転げることになって、そのダメージから回復する前に刺される可能性も大だ……。

「あんな、モップみたいな髪の毛して、一人じゃまともに出歩けもしないトロクサ女のどこがいいんだっ。財産ならウチにだってあるのにぃ、世界的にオシャレな評価だって、これからアタシが手に入れてやるのにぃっ!」

「…………」
 クッソー、言わせておけば言いたいことをぉ、こんのヤロッ──。

 ヴィーの重心を左右に揺さぶって投げることはいつでもできる。
 でも、それだと、オレが助かってもヴィーが大ケガしちまうかもだし、売れてるモデル相手だから分が悪すぎなんだよな。目撃者もないし……いや、目撃者はいるか、歩道を通行していた人が、疎らながらいた。
 目立つヴィーを、必ずや目に留めて記憶に焼きつけられているはずで、いつまでも鮮明に憶えているに違いない。

 そして、ヴィーの跡を追い駆けてここまで来たのは、オレの方なんだ。裁判とか言い出されたら完全にオレが不利、五〇〇万じゃ示談になんかもち込めやしない……。

 クソ~、この祈りのセイレーンの近くじゃなく、羽撃きのセイレーンのトコまで行ってからヴィーに話しかければよかったぁ。
 そしたら、裏の通りからオレの姿だけでも目撃して、このトチ狂った状況も、のちのちオレに有利な証言者が得られたかもしれなかったのにぃ……。

 っと! オレの背後から着信音が流れだした。

 この場違いに軽快な古いケルト民謡はミラノからだ! ミラノが自分からと知らせるためにアプリでワザワザつくってくれた曲。
 なぜかはわからないけれど、葉植さんを図にノらせない効果があるとかどうとか。

 でも今、デイパックのサイドポケットからスマホをとり出すなんて真似は、死んでもできない、それこそグッサリ刺されちまう。
 
 ≪ミラノ、ちゃんと起きてる? オレの思念はちゃんと届いてる? オレにじゃない、電話はジェレさんにかけて、それでここへ助けを呼んでもらってっ。誰でもいいけれど一人じゃダメ、何人かを、できれば男を早くぅ……お願いっ≫

「ユールかっ……そうなんだな、コンチクショォォオッ!」

 どんだけバカ力なんだ、こいつはよぉ──。

 何で? この期に及んで「何でユールなんてっ、名前が出てくるんだよ!」

 ──オレの思念がミラノへ通じたらしい、着信音が鳴りやんでくれた。
 これでもう少しの辛抱だ、ガンバれオレ!

「トボけんなっ! 今のはユールがここで唄ってた曲だろがぁ。ツベコベ言って、やっぱり楯も自分より若い、インポート美人が好きなんだなぁっ!!」

 ううぅ……ヤバいよミラノッ、これ、全然間に合わないかもぉ。

 オレのために手間をかけてくれたってのに、完全な選曲ミスだったみたい。
 
 葉植さんを図にノせない代わりに、ヴィーをこうまで荒れ狂わせるだなんて……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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