052 ビヨンド・ザ・超ド級圧迫面接 ‐1st part‐
文字数 1,708文字
大弟さんは、抓むようにして運んで来たマグカップをオレの前に置き、コーヒーを勧めてくれた。
彼が傍に立つと、ロングデスクが、それこそティーテーブルにしか思えない。
オレも鯛焼きの包みを破り広げて、ソファーにどっかと腰を沈めた大弟さんの方へと差しやる。
けれど、それでほぼ目線の高さが同じでしかないところが、オレの現実感だけでなく、この空間自体をも歪めてしまいつつあった。
……ニコニコ顔が幼い頃から全然変わっていない印象の彼は、果たして年齢は幾つなのかと推察するも、実のところムッシューの歳すら未だわかっていないので、やっぱり三〇前後としか判別できない。
「それでは、ありがたくいただこうかな。せがんでおいてなんだけど」
「いぇどうぞどうぞ。こっちがたぶん鶯餡 で真ん中が梅ジャム入りの練餡 、それと小倉バター。どれもイケるんですけれど、お勧めは小倉バターです。オレはここまで食べながら来ちゃったんで、よかったら全部試してみてください」
大弟さんは小倉バターを素直にとって一齧り、「うんうん、イケるねこれ」と御満悦そう。
そんな気立てには血筋を覚える。
味わいをとりあえず終えると、思い出したかのように自己紹介をしてくれた。
名前は天地ナフサとミドルネームをはずして、日本人女性との結婚で帰化したために、ムッシューとは国籍が別だった。
でもぉ、この魁偉を見せつけられて同じ日本人だと言われても、返す言葉に詰まっちゃうよなぁ。
ナフサさんは、UCBで海洋建築学を修める間に興味をもった地震学と制震技術を究めるために日本の大学院へ移り、建築士の資格も日本で取得していた。
現在は横須賀の浦賀町で奥さんと事務所を構えている。
ちなみに、望洋建設は奥さんの実家が営む会社で、奥さんはそこの専務も兼任していると言う。
ナフサさんの事務所も住まいも、その敷地内にあるとのことだから、言わば完全なマスオさん境遇。
とにかく奥さんには頭が上がらないのだと、ナフサさんは笑うけれど、それでは、全てにおいて唯一人並みだろう世間的な意味での肩身が、物凄く狭いんじゃないのかな?
まぁ、そんな率直なことは言い返せないので、ナフサさんの流暢な日本語を褒めて、話に水を差さないよう続けるしかない。
女性から日本語を習うと、往往にしてカマっぽくなってしまう場合が多いけれど、ナフサさんはしっかりと男言葉を話しているから。
「僕もディースも日本語の基本は、子供の頃に継父から叩き込まれているからね。英語よりも達者なくらいさ。それでは君はまだ、ディースと話したことはないのかい?」
「あ、いえ、あります。今朝も──」ヤバッ!
オレはやっぱり全然、目の前のナフサさんと、あのムッシューが同じ母親から生まれて、同じ家庭環境で育てられた……といった根本的な意味で兄弟だってことを、認識しきれていないみたいだ。
「今朝、がどうかしたのかい?」
「すみません。あの、むしろディースさんのことをよく存じあげていますので、そのぉ、ナフサさんとは、同じ生いたちではないんじゃないかと勝手に想像しちゃいまして。本当にゴメンなさい、失礼でした」
「まぁ仕方がないから、そんなに恐縮しないでいいよ。これでもディースとは、大学へ進むまで一緒に暮らしていたんだ、同じ物を同じくらい食べてね」
ナフサさんは微笑むけれどツッコめるわけがないし、冗談であっても、笑っちゃマズい気がするし……。
「そうだったんですね……」
「ディースを西海岸へ呼んだのは僕なんだ。彼はあぁ見えても、長兄然としたところがあってね、自分を押しコロしてまで親を安心させたがる」
「……そうなんですかっ?」
「でもそれでは、いくら才能を見い出されても芸術家として大成なんかできないからね。親の心配なんかまだ先でかまわないからって、引っ張り出してあげたんだ」
「あぁ、ムッシ──ディースさん、やさしそうですもんね……」
「そしたら、手懸ける作品の評価も変ってきてね。まぁ
アクアマリンの瞳でそう言われても摩訶不思議な気分……。
「ですね……」
彼が傍に立つと、ロングデスクが、それこそティーテーブルにしか思えない。
オレも鯛焼きの包みを破り広げて、ソファーにどっかと腰を沈めた大弟さんの方へと差しやる。
けれど、それでほぼ目線の高さが同じでしかないところが、オレの現実感だけでなく、この空間自体をも歪めてしまいつつあった。
……ニコニコ顔が幼い頃から全然変わっていない印象の彼は、果たして年齢は幾つなのかと推察するも、実のところムッシューの歳すら未だわかっていないので、やっぱり三〇前後としか判別できない。
「それでは、ありがたくいただこうかな。せがんでおいてなんだけど」
「いぇどうぞどうぞ。こっちがたぶん
大弟さんは小倉バターを素直にとって一齧り、「うんうん、イケるねこれ」と御満悦そう。
そんな気立てには血筋を覚える。
味わいをとりあえず終えると、思い出したかのように自己紹介をしてくれた。
名前は天地ナフサとミドルネームをはずして、日本人女性との結婚で帰化したために、ムッシューとは国籍が別だった。
でもぉ、この魁偉を見せつけられて同じ日本人だと言われても、返す言葉に詰まっちゃうよなぁ。
ナフサさんは、UCBで海洋建築学を修める間に興味をもった地震学と制震技術を究めるために日本の大学院へ移り、建築士の資格も日本で取得していた。
現在は横須賀の浦賀町で奥さんと事務所を構えている。
ちなみに、望洋建設は奥さんの実家が営む会社で、奥さんはそこの専務も兼任していると言う。
ナフサさんの事務所も住まいも、その敷地内にあるとのことだから、言わば完全なマスオさん境遇。
とにかく奥さんには頭が上がらないのだと、ナフサさんは笑うけれど、それでは、全てにおいて唯一人並みだろう世間的な意味での肩身が、物凄く狭いんじゃないのかな?
まぁ、そんな率直なことは言い返せないので、ナフサさんの流暢な日本語を褒めて、話に水を差さないよう続けるしかない。
女性から日本語を習うと、往往にしてカマっぽくなってしまう場合が多いけれど、ナフサさんはしっかりと男言葉を話しているから。
「僕もディースも日本語の基本は、子供の頃に継父から叩き込まれているからね。英語よりも達者なくらいさ。それでは君はまだ、ディースと話したことはないのかい?」
「あ、いえ、あります。今朝も──」ヤバッ!
オレはやっぱり全然、目の前のナフサさんと、あのムッシューが同じ母親から生まれて、同じ家庭環境で育てられた……といった根本的な意味で兄弟だってことを、認識しきれていないみたいだ。
「今朝、がどうかしたのかい?」
「すみません。あの、むしろディースさんのことをよく存じあげていますので、そのぉ、ナフサさんとは、同じ生いたちではないんじゃないかと勝手に想像しちゃいまして。本当にゴメンなさい、失礼でした」
「まぁ仕方がないから、そんなに恐縮しないでいいよ。これでもディースとは、大学へ進むまで一緒に暮らしていたんだ、同じ物を同じくらい食べてね」
ナフサさんは微笑むけれどツッコめるわけがないし、冗談であっても、笑っちゃマズい気がするし……。
「そうだったんですね……」
「ディースを西海岸へ呼んだのは僕なんだ。彼はあぁ見えても、長兄然としたところがあってね、自分を押しコロしてまで親を安心させたがる」
「……そうなんですかっ?」
「でもそれでは、いくら才能を見い出されても芸術家として大成なんかできないからね。親の心配なんかまだ先でかまわないからって、引っ張り出してあげたんだ」
「あぁ、ムッシ──ディースさん、やさしそうですもんね……」
「そしたら、手懸ける作品の評価も変ってきてね。まぁ
兄弟は両の手
と言うじゃないか。呼び寄せた僕が日本へ行くとなった時にも、あれこれ後押ししてくれたんだ」アクアマリンの瞳でそう言われても摩訶不思議な気分……。
「ですね……」