007 月よりの女神、御来臨あそばす ‐1st part‐
文字数 1,949文字
……オイオイ、いっちょまえに何をメゲてんだぁ?
これで喰っていこうとか、名を揚げようなどとは端から考えちゃいないだろがオレは!
オレがつくっている物はただ単に、ここにいるための手段でしかない。キズつくようなプライドなんかどこにあるってんだ?
って言うかこれ、プライドどうこうのキツさじゃないだろ? 味わい慣れた仲間ハズレのスタイルが変わっただけじゃないかよっ。
そしてここでの目的は、あくまでも、こういった現実を味わい続けて千状万態な人性への免疫抗体を獲得することなんだろオレッ。
このブルーから群青の底へと轟沈して行く心地を噛み締めろ。
己の甘さ、愚かさを、さっさと笑殺してしまえ!
本当に、社会という自身を賭けなくちゃならないバトルフィールドに出たら、もっとキツい死神のような人格に何度でも出交すことになる。これはその時のための訓練、腕立てや腹筋と同じだ。
さぁ落ち込みが吐き気に変わる前に笑えオレ。セロトニンをガンガン分泌させて、ヤワな脳内で蠢くノルアドレナリンの野郎を一掃しろっ。さぁ早く!
「あらぁ、ホントこれカワイ~って言うか、何だかとてもよくできてるんじゃない?」
! 完全にノーマークだったから、しこたま泡を喰った。
反射的に顔を上げると、如何にも淑やかそうなおネェさんが、やや斜め向かいに中腰になってオレの商品に目を注いでくれていた。
< 有勅水唏‐イメージイラスト >
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_b0aa6441ed601ee470c569445c722fb7.PNG)
さらりとしたチャコール地のスーツに襟刳りが少し広めの白いブラウス姿で、鳶色がかったダブルバングの髪。
タイトスカートからしゃんと伸びた脚にはあまり踵の高くない黒のパンプス、黒とは言っても放たれている光沢はなんだか青く、ただのパンプスでさえないように思えてくる……典型的なOL風でも制服じゃないから総合職だろうか。
抱えている荷物も、生命保険の外交員みたいなショルダーバッグではなく小型でシャンパンピンクのゼロハリバートン、それと製図や図案などを丸めて入れるグレーの筒形ケース。
そのものズバリ建築関係、それとも広告関連か? いずれにしても一流大手と言った趣き。
「これって、何かの真似じゃなく全部を君がつくったの?」
おネェさんはスカートの裾を気にしながらしゃがみ込むと、オレに鮮やかな頬笑みを放つ。
その顔貌はまさしく明眸皓歯、オレは生命感溢れる眼差しに釘付けにされる。
チョット鼻にかかった高めの声柄も歯ぎれ良い口調もどこか円やかで、オレの思考は瞬間、魔法にかかったみたいに異次元へと飛んだ。
「ンン? どしたかな君、寝不足ぅ? おーい、しっかりしろ~」
おネェさんの突き出した掌がひらひらと揺れるの見て、オレは十次元以上コンパクトに畳まれた内宇宙の果てから帰還する。
「あ、はい! すみません。いらっしゃいませっ」
おネェさんの笑顔のルクスがにっこりと上がってくれた。
同時に下がる目尻と跳ね上がる柳眉もまた、なんとも言えず奥床しい。
ズッキューンと、オレの胸の一番深い所にある堅固な殻に包まれたコアが射ぬかれた気がした。
だから、オレの殻の方も想定外に破れてくれているはずなんだけれど、でも全然、痛みなどもなくって、むしろ中から温かくやんわりとしたモノが流れ出ている感覚がしてくる。
「ゴメンね、集中してたの? だけど、これとこれをいただくから、少しお話をさせてもらってもいいかしら?」
「あっ、はい。ありがとう御座います。何でしょうか?」
おネェさんは手にしていたテントウムシのジップマスコットと、ナンバー八九のウラモジタテハのピンズを抓み上げ、慣れたしぐさで、スーツのポケットからとり出した名刺と一緒に五千円札をオレに差し出した。
おつりの暗算をしながら受けとった名刺へと目をとおす。
……株式会社ヴァンダム・アンド・マクニコル・ジャポン、事業統括本部マーケットセグメンテーター、有勅水唏 ……とあった。
優雅な微笑を湛えた顔写真入り。
裏面にも若干小さい文字サイズのフランス語と英語で、たぶん同じことが書かれている。
V&Mと言えば、確かパリが本拠地の欧州きっての多国籍総合商社。その日本法人があったとは。
それにマーケットセグメンテーター? 何の仕事か見当もつかないけれど、専門職ならば新入社員でも日本円で数千万の年棒がもらえるって噂だ。以前、同級生の兄貴がフランス本国で就職したとかで、聞いてもいないのに自慢げに吹聴していやがったから。
もしや、このおネェさんもグラン・ゼコール……まさかポリテクニークの出身者なのか? しかも、このどう見たって二〇歳そこそこという若さなら、浪人や留年を一切していないサクセス・トゥ・サクセス、もしくはブッ飛び級のブレイニアック(超天才)ってことも考えられるわけで……。
これで喰っていこうとか、名を揚げようなどとは端から考えちゃいないだろがオレは!
オレがつくっている物はただ単に、ここにいるための手段でしかない。キズつくようなプライドなんかどこにあるってんだ?
って言うかこれ、プライドどうこうのキツさじゃないだろ? 味わい慣れた仲間ハズレのスタイルが変わっただけじゃないかよっ。
そしてここでの目的は、あくまでも、こういった現実を味わい続けて千状万態な人性への免疫抗体を獲得することなんだろオレッ。
このブルーから群青の底へと轟沈して行く心地を噛み締めろ。
己の甘さ、愚かさを、さっさと笑殺してしまえ!
本当に、社会という自身を賭けなくちゃならないバトルフィールドに出たら、もっとキツい死神のような人格に何度でも出交すことになる。これはその時のための訓練、腕立てや腹筋と同じだ。
さぁ落ち込みが吐き気に変わる前に笑えオレ。セロトニンをガンガン分泌させて、ヤワな脳内で蠢くノルアドレナリンの野郎を一掃しろっ。さぁ早く!
「あらぁ、ホントこれカワイ~って言うか、何だかとてもよくできてるんじゃない?」
! 完全にノーマークだったから、しこたま泡を喰った。
反射的に顔を上げると、如何にも淑やかそうなおネェさんが、やや斜め向かいに中腰になってオレの商品に目を注いでくれていた。
< 有勅水唏‐イメージイラスト >
さらりとしたチャコール地のスーツに襟刳りが少し広めの白いブラウス姿で、鳶色がかったダブルバングの髪。
タイトスカートからしゃんと伸びた脚にはあまり踵の高くない黒のパンプス、黒とは言っても放たれている光沢はなんだか青く、ただのパンプスでさえないように思えてくる……典型的なOL風でも制服じゃないから総合職だろうか。
抱えている荷物も、生命保険の外交員みたいなショルダーバッグではなく小型でシャンパンピンクのゼロハリバートン、それと製図や図案などを丸めて入れるグレーの筒形ケース。
そのものズバリ建築関係、それとも広告関連か? いずれにしても一流大手と言った趣き。
「これって、何かの真似じゃなく全部を君がつくったの?」
おネェさんはスカートの裾を気にしながらしゃがみ込むと、オレに鮮やかな頬笑みを放つ。
その顔貌はまさしく明眸皓歯、オレは生命感溢れる眼差しに釘付けにされる。
チョット鼻にかかった高めの声柄も歯ぎれ良い口調もどこか円やかで、オレの思考は瞬間、魔法にかかったみたいに異次元へと飛んだ。
「ンン? どしたかな君、寝不足ぅ? おーい、しっかりしろ~」
おネェさんの突き出した掌がひらひらと揺れるの見て、オレは十次元以上コンパクトに畳まれた内宇宙の果てから帰還する。
「あ、はい! すみません。いらっしゃいませっ」
おネェさんの笑顔のルクスがにっこりと上がってくれた。
同時に下がる目尻と跳ね上がる柳眉もまた、なんとも言えず奥床しい。
ズッキューンと、オレの胸の一番深い所にある堅固な殻に包まれたコアが射ぬかれた気がした。
だから、オレの殻の方も想定外に破れてくれているはずなんだけれど、でも全然、痛みなどもなくって、むしろ中から温かくやんわりとしたモノが流れ出ている感覚がしてくる。
「ゴメンね、集中してたの? だけど、これとこれをいただくから、少しお話をさせてもらってもいいかしら?」
「あっ、はい。ありがとう御座います。何でしょうか?」
おネェさんは手にしていたテントウムシのジップマスコットと、ナンバー八九のウラモジタテハのピンズを抓み上げ、慣れたしぐさで、スーツのポケットからとり出した名刺と一緒に五千円札をオレに差し出した。
おつりの暗算をしながら受けとった名刺へと目をとおす。
……株式会社ヴァンダム・アンド・マクニコル・ジャポン、事業統括本部マーケットセグメンテーター、
優雅な微笑を湛えた顔写真入り。
裏面にも若干小さい文字サイズのフランス語と英語で、たぶん同じことが書かれている。
V&Mと言えば、確かパリが本拠地の欧州きっての多国籍総合商社。その日本法人があったとは。
それにマーケットセグメンテーター? 何の仕事か見当もつかないけれど、専門職ならば新入社員でも日本円で数千万の年棒がもらえるって噂だ。以前、同級生の兄貴がフランス本国で就職したとかで、聞いてもいないのに自慢げに吹聴していやがったから。
もしや、このおネェさんもグラン・ゼコール……まさかポリテクニークの出身者なのか? しかも、このどう見たって二〇歳そこそこという若さなら、浪人や留年を一切していないサクセス・トゥ・サクセス、もしくはブッ飛び級のブレイニアック(超天才)ってことも考えられるわけで……。