016 ねぇ聞いて、チョット老婆を殺してみたの…… ‐1st part‐
文字数 1,534文字
しかし、入ってスグの、一〇畳が二間続きになっている洋室には誰もいない。
どうやら、そのさらに奥、僊婆の寝室にみんなは集まっているようだ。
三週間前に初めてお邪魔した時とは、どこか違う絨毯 のフカフカさを足裏にカンジつつ、アンティークでゆったりとしたビロードのソファーセットを迂回して、これまた空闊 とした台所を二歩三歩、玉石の数珠暖簾 をくぐって仄暗い廊下へ──。
その先には、右手に位置する納戸の引き戸へ凭 れるように立ったセンパイが、左手の猫間障子が開いた和室から洩れ出す淡い光で浮び上がっていた。
「遅ぇぞ楯、何してたっ」
「すみません……」
「ったくおまえはぁ、二度手間がウゼェんだよっ。いいかよく聞け、こちらのムッシューな、実は僊婆の親戚になるんだそうだ、それも遠縁の。そんなこと、
……そんなこと、そりゃ矢庭には信じられやしない。
遠縁だなんて、日本人でも都合が好すぎるのに。そもそもムッシュー、それならどうして広場まで降りて来て、場当たり的な買物までする必要がある?
石段を降りきらずに直接ここへ向かえばよかったんじゃないか?
オレは、どんな顔をしてムッシューがそんな囈 もいいところを口にしたのかと、和室の中が窺える位置まで廊下を一歩大きく踏み進む。
僊婆は既に部屋の中央に敷かれた布団に横たえられていた。
顔まで掛けられたタオルケットが、所所不自然に盛り上がっている点に目が奪われる。
……どうもきちんとした体勢では寝かされていないらしい、死後硬直ってヤツが始まっていたんだろうか?
そして、その枕元にムッシューが伏目がちに正座していて、有勅水さんは少し離れた広縁の手前で、腕を組んだポーズで立っていた。
その有勅水さんの険しそうな視線がオレまでキッと捉えたので、その眼力を拡散させるためにも、オレは軽いお辞儀でお茶を濁しておく。
「何を疑っているのか知らないけど、信じてくれなくても結構なの。でもこんな時に頭ごなしに怒鳴られるのもイヤだから、一応説明させてもらうわ。水埜クンも、私たちを疑うのはそれからにして」
「あ、はい……」
有勅水さんは屈んで、足元に置かれていたゼロハリバートンと筒型ケースを手にすると、再び背スジをしゃんとして筒型ケースを軽く振りながらリズムを刻むように歩きだす。
「ここじゃなんだから、リヴィングの方で話しましょ」
そうツカツカと接近してくる有勅水さんを避けるタイミングを逸してしまい、オレは無様にも、有勅水さんに押し返されるようにして廊下を後退 った。
それは、こんな時と場合でもやっぱり滑稽だったらしい。有勅水さんにクスッと微苦笑されてしまうあり様だ……。
▼
なぜかソファーではなく、四人がけではあるものの窮屈そうなロココ調のティーテーブルで、ムッシューを除く三人、顔突き合せ始められた有勅水さんの話は、ますますおいそれとは信じ難い内容へと発展していった。
まずムッシューの名前はディース・シオウル・天地 と言って、日本人からベルギー国籍となった継父をもつ
そして僊婆との関係であるけれど、今度はムッシューの実母の再従弟 に当たる人物が、僊婆の一人娘と結婚していて、そのどちらともと実質的に交流があったのがムッシューの継父という、とにかく本当に迂遠そうな間柄だった。
そのムッシューと有勅水さんが今日ここを訪れたのは、またややこしくも僊婆の娘の旦那の意向で、この屋敷を含めた僊婆の所有地を再開発するプランの説明に来た、と言うことなのだけれど……。
どうやら、そのさらに奥、僊婆の寝室にみんなは集まっているようだ。
三週間前に初めてお邪魔した時とは、どこか違う
その先には、右手に位置する納戸の引き戸へ
「遅ぇぞ楯、何してたっ」
「すみません……」
「ったくおまえはぁ、二度手間がウゼェんだよっ。いいかよく聞け、こちらのムッシューな、実は僊婆の親戚になるんだそうだ、それも遠縁の。そんなこと、
はいそうですか
って信じられるかぁ?」……そんなこと、そりゃ矢庭には信じられやしない。
遠縁だなんて、日本人でも都合が好すぎるのに。そもそもムッシュー、それならどうして広場まで降りて来て、場当たり的な買物までする必要がある?
石段を降りきらずに直接ここへ向かえばよかったんじゃないか?
オレは、どんな顔をしてムッシューがそんな
僊婆は既に部屋の中央に敷かれた布団に横たえられていた。
顔まで掛けられたタオルケットが、所所不自然に盛り上がっている点に目が奪われる。
……どうもきちんとした体勢では寝かされていないらしい、死後硬直ってヤツが始まっていたんだろうか?
そして、その枕元にムッシューが伏目がちに正座していて、有勅水さんは少し離れた広縁の手前で、腕を組んだポーズで立っていた。
その有勅水さんの険しそうな視線がオレまでキッと捉えたので、その眼力を拡散させるためにも、オレは軽いお辞儀でお茶を濁しておく。
「何を疑っているのか知らないけど、信じてくれなくても結構なの。でもこんな時に頭ごなしに怒鳴られるのもイヤだから、一応説明させてもらうわ。水埜クンも、私たちを疑うのはそれからにして」
「あ、はい……」
有勅水さんは屈んで、足元に置かれていたゼロハリバートンと筒型ケースを手にすると、再び背スジをしゃんとして筒型ケースを軽く振りながらリズムを刻むように歩きだす。
「ここじゃなんだから、リヴィングの方で話しましょ」
そうツカツカと接近してくる有勅水さんを避けるタイミングを逸してしまい、オレは無様にも、有勅水さんに押し返されるようにして廊下を
それは、こんな時と場合でもやっぱり滑稽だったらしい。有勅水さんにクスッと微苦笑されてしまうあり様だ……。
▼
なぜかソファーではなく、四人がけではあるものの窮屈そうなロココ調のティーテーブルで、ムッシューを除く三人、顔突き合せ始められた有勅水さんの話は、ますますおいそれとは信じ難い内容へと発展していった。
まずムッシューの名前はディース・シオウル・
a
にアクセントが付く方のアーティストだそうだけれど、センパイがまるで無反応なことから察するに、まだ大した評価は受けていないノウトレス(無名芸術家)なのだろう。そして僊婆との関係であるけれど、今度はムッシューの実母の
そのムッシューと有勅水さんが今日ここを訪れたのは、またややこしくも僊婆の娘の旦那の意向で、この屋敷を含めた僊婆の所有地を再開発するプランの説明に来た、と言うことなのだけれど……。