136 ・ド・ ‐1st part‐

文字数 1,682文字

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 ソファーで、ミラノさんとワイドショー番組を観ていた鵠海氏であったけれど、放送される内容をイチイチ質問しまくるミラノさんが苦痛になったのか、マテ茶を飲み終えたカップを流し台まで置きに来たあとは、ソファーへ戻らずにオレの向かいに腰を下ろした。

 オレがディスプレイから眼を上げると、無言のまま

と人差し指を動かす。
 鵠海氏もやはり、必勝セミナーの時間以外は、在栖川のトップ‐ノッチ(最上等)然としたダンマリ屋だ。
 ヒマ潰しなら、少しでもマシな行為を選んだといったカンジ。

 オレがラップトップを回して、鵠海氏の方へ向けると、それと引き換えみたいに、今日の分の必勝プリントを渡してくれた。
 これも、いつものことで、チェックしている間も、ムダな時間を過ごすなという意味。

 二、三分もすると、鵠海氏はカタカタとキーをたたきだす。
 びっくりしたけれど、おそらくは、ヴィーぬきにレクチャーすることはできないものの、添削ならばいいと、融通を利かせてくれたんだと斟酌(しんしゃく)しておく。

 ──今日の必勝プリントも、これだけで充分わかり易くできていた。
 教える相手がヴィーではなく、ほかの特待生だったなら、こうしたプリントにする手間もかからず、全てをクラウドにでも上げておけば済んでしまうだろうに……。

 ヴィーは、視力が良すぎると言うより、遠視なんだと思うけれど、こまかい文字は、スマホのメッセージ類さえも読まないときていやがるからねぇ。
 なのでまず、他人から話してもらい、耳で理解しながら、アンダーラインや丸囲みでガリガリと体へ憶え込ませるみたいな、贅沢な悪習慣が身についてしまっている。

 テスト成績は良かろうが、講義内容のインプットもアウトプットも自発的なモノでは全然ない。
 だから、テスト期間やレポートの提出期日を過ぎると、詰め込んだ知識は、勿体なくもすっかりと没却されてしまうカンジだ。
 そしておそらくこのプリントも、実はド・トリオたち自身のために作成されたモノなんだ。これだけしっかりと教えました、っていう証拠品でしかないと思う。

 どんな状況に置かれようとも、自分だけはエクセレントな成果を挙げ続ける。
 ド・トリオたちもまた、三枚の歯車でしかないってことだ。まぁ、かなり汎用性に富んだハイパフォーマンスな歯車だろうけれど。

「君は、ヴィーさんとケンカでもしたのかな?」
 鵠海氏はディスプレイから眼を離さず、キーを打つ手も止めずに問うてきた。

「……いえ。でもきっと、いつもの自己中による自家中毒症状でしょう。自分が中心でなくなったと、自覚したことによる」

「なるほど。やはり僕らの配慮不足、認識不足なんだろうな。君には刻苦勉励(こっくべんれい)楽康(らっこう)を教えることに、成功したみたいなのにな」

「相手はヴィーですから、鵠海さんたちのせいじゃないですよ。大体どうして、鵠海さんたちが毎度毎度ヴィー一人についてるんです?」

「別に。彼女一人に毎度毎度ついているわけではないな、ほかにも受験生が二人いたからな」

 あぁ、それで。じゃぁ始めは一人ずつで、トリオではなかったのか……。

「ヴィーの従妹弟たちでしたね、やっぱり合格させたんですか?」

「まぁ一応は。どちらも在栖川とまではいかなかったがな」

「ヴィーが合格したのに? やっぱ試験は水モノなんですねぇ」

「それは違うな。彼女だから合格したんだ」

「え? それってどう言う意味です?」

「端的に言えばだな、ヴィーさんは頭が良いってことだろうな。だからこそ、彼女の成績維持のために、僕らが三人とも関わるよう言われているのさ」

「……ヴィーが? 鵠海さんの口から言っちゃうほど良いですかねぇ」

「いくらわかるように教えたところで、一時的にでも高得点がとれるだけしっかりと記憶できる能力には個人差がある。人は成長とともに、吸収できる内容にそれぞれ癖と言うか、ムラができてしまうんだな。所謂それが、ア・プリオリな意味での頭の良し悪しと言うことになるかな?」

「先天的? ってことですか……」

 もち合わせている脳ミソとしては天才ねぇ、あの片鱗も窺わせないヴィーがかぁ? 
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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