304 ________ ‐3rd part‐

文字数 1,290文字

 ま、オレも別に話たくはないんだし。

「ではオレ、失礼させていただきますけれど、どうしましょうこれ? 重いんで、足元に置かせていただいてもかまいませんか?」

 ホント、片腕でいつまでも差し出してなんかいられない。この年鑑、絶対に二キロ以上ありやがる。こうなるともう本じゃないってのっ。

「アタシに、敬語なんか使わないでって言ってるでしょっ」

「……なんだ、フツウに話してもいいんだ? ならほら、重いけど受けとれよ。鵠海氏と牛津さんに見せてやれば喜ぶと思うぜ、二人の名前もちゃんと載ってるはずだから。大学院だけの新城女史までは知らんけれど」

「要らないっ、そんな物……」

「オレだって、こんなの二つも要らないよ。じゃぁ何、ウチにほかの荷物をとりに来たってのか? こっちに用なんかほかにないだろ」

 そう言い放ってやると、ようやくヴィーは足を止めた。
 セイレーンたちのテラスまで、残りあと数段というまた生半な所で。

 そして、そのヴィーの顔には、明らかに慍色(うんしょく)が表れている。
 ここでバッグを振りまわされては敵わない──。

「何だよ、オレがそんな怒るようなこと言ったかよ?」

 ヴィーを言葉で牽制しつつ、オレはテラスへ下りきった。

 こうしてヴィーを見上げると、これがまた、脚ばっかりな人外の生き物に見えてくる……こんな奴とは、なんか、何を言っても会話にならないような気がするよなぁ。

「……何なのよ一体、あの女っ?」

 オレが、年鑑からの解放を諦めて、別辞を述べようという一瞬先に言われてしまった。しかも何のことだか? 脈絡すらないときた。

「はぁ? あの女って誰だよ一体」
 
「本館の前から、一緒に走って、あの店に入って行った女よっ」

「あぁ草豪? 何だもう忘れちまったのかよ。何度か会ってるだろ、鍋パーティーやらセイレネスの公聴会で、ってそんな前からオレたちのこと見てたのか? オレが店から出て来るのを待ってたわけ?」 

「そんなこと聞いてないっ。あの女と、つき合ってるわけっ?」

「オレと草豪がぁ? 何トチ狂ったこと言ってんだよ、そんなことあるはずもないだろが。誰があんな、エグヒドすぎ高性能女なんかとっ」

「……だって、ペアルックじゃないっ。この前も……抱き合ってたしっ」

 げ~! やっぱりっ、そう見えちまっていたのかよ。
 こりゃ帰ったらソッコー着替えないと。しっかし今どきペアルックだなんて、よくも恥かしげもなく口にできたもんだ。

「バカ言ってろよ。じゃぁオレ先に行くから、ウチに来るなら鍵はいつもの場所だから。勝手に上がって好きなようにしてくれ。ヴィーの荷物は、ちゃんと和室の押し入れにあっ──」

 唐突にも、ヴィーが三日月バッグを投げつけてきやがった。オレを狙ったのか、一種のヒステリー反応なのかは定かじゃないけれど……。

「ゥウ……」

「何すんだよっ、危っ──」

 と! マジで危ないっ。ヴィーはナイフらしき物体を握っていた。

 一体どこから出しやがったのか? 刃の部分は今はまだ、ガラスか宝石かはわからないものの、色とりどりにチンチラ光る石が(ちりば)められた鞘に収まってはいるけれど。

 ったく、なんでそんな物騒なモノを……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み