間章Ⅰ 逝っとけGreenwich! ‐1st part‐

文字数 1,379文字

 バスから降りた緑内昴一郎は、すっかり暗くなっている空の下、歩きだしながら、青白く浮かぶ腕時計の針と文字盤で、現在の時刻を確認した。

 今どき、腕時計をしている十代自体がレアと言えるものの、緑内が愛用するそれは、一日が地球より三九分長い火星の日時までがわかり、探査ミッションの進度も把握できる宙狂(そらぐる)いならではの逸品。
 天体望遠鏡代わりとなる緑内のステータスシンボルなので、確認後に、袖をなおす仕草からしてキザったらしくならざるを得ない。

 水埜の家まで、言われている一八時半には充分間に合う。
 だが、早めに到着しておく、なんてわけにもいかない。
 なぜならば、長年、目の上のたん瘤だった同級生女子ども五人が、雁首(がんくび)をそろえていやがるのだから。 

 微妙に余る時間は、多少の遠廻りをすることで、帳尻合わせをしなければならなかった。

 僊河青蓮の娘たちの歓迎パーティーとやらに、どのような連中が、何人集まるのかわからないが、タイミングとしては乾杯直前に滑り込むのがベスト。
 そうすれば、女子どもから文句も出ないし、ムリして挨拶を交わさずとも済む。
 
 そんなつまらない腐心などしなくても、記念公園の東端まで行った所で束の間を潰し、ジャストの頃合に、水埜に出迎えを頼めばいいいのだろうが、一応はパーティーのホスト役に、家を空けさせるのは野暮というもの。
 それに今更、水埜の家がどこだったかよく知らないなどと暴露しては、また、一二年間のつき合いがどうのと詰られかねない……。

 そんなことを思いながら、緑内は、行き交うクルマの音とライトが騒がしい明治通りから、街灯も疎らな細い道路へと折れ曲がった。

 そこから大学通り商店街までの一帯は、幾つかの大使館や政府関係の施設などが集まるも、一応は閑静な住宅街。
 陽が落ちてしまってからブラつくには、さほどおもしろいエリアとは言えないけれども、今はちょうど、この辺りで生活する人人にとって半端な時刻となるせいか、クルマの往来からしてなさそうなのが救いではある。

 緑内は、最初に行き着いた十字路を、水埜の家とは別の方向を選んで進む。
 これでほぼ、遠廻りのコースが決まったことになる。

 女子連中に、何を毒たっぷりにケチつけられようとも、その実、緑内は一向にかまわないのだが、当然としてするであろう自分の言い返しで、有勅水唏にまで、反感を買われることには抵抗があった。
 何せ、緑内の今宵の目的は、歓迎パーティーという名目に(かこつ)けて、有勅水の月娥(げつが)を思わせるとびきりの笑顔を、現時点の最高画素センサーを搭載するカメラに収めることであるから。
 有勅水の機嫌まで損ねてしまっては、わざわざ虎穴に入りに行く意味がない。それに、まだまだ子供だなどとも、彼女に思われたくはなかった。

 女子連中と言っても、実質的に有害なのは、草豪眞弓一人と考えて差し支えない。
 全ては、草豪の顔役を気取(きど)ろうとする幼稚さがいけないのだと緑内は考える……。

 草豪には、

と判断した者たちを、敢えて挑発することで、相手のその時の調子を窺ったり、念のために牽制したりと、何とも諒恕(りょうじょ)し難い悪癖がある。

 殊に緑内との間には、初等課程の時分に宇宙論へつながる授業で、草豪の回答を完膚なきまでに言い負かし、血涙まで絞らせたという、草豪には、忘れてしまえる道理など断じてない因縁があった。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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