090 __________ ‐3rd part‐
文字数 1,630文字
これに手を出してはヤバい。
かといって目の前にあれば飲んじまうし、飲まずにいられるはずもない。
なので、オレは里衣さんとセンパイに、あとのことを宜 なにお任せして、和気藹藹ムードのLD内からスネ~クアウト。引っ越し先へと一ぬけを図る。
オレのお粗末な家財が、どんな風にされちまっているかも気懸かりだし……。
吹きつける仲春の凍てつく辻風が、玄関を出て、わずか数歩で、全身の温とさを強奪してくれる。
ライダースのジップをしっかりと上げて、背中を丸め、冷灰が固着したかのようなアスファルトを「う~寒寒っ」と刻み足で行く。
敢えて有勅水さんに挨拶をして来なかったのは、ささやかながらの抵抗心からだ。
さすがに、笑顔と労いの言葉一つぐらいでは、オレのスネきった心府 は回復などしやしない。
暫くすると、その歩調を乱すかのように、ポケットの中で握っていたスマホが震えた。
……とり出して見れば、有勅水さんからだ。
指先が悴 んで、痛くなるから出たくはないけれど、出ないとまた明日が怖い。
「……もしもし」
「チョットそこで待ってて、スグ行くからぁ」
「寒いから嫌です」
「ヤダァそんな、私を、人けのない建設現場へ誘い込もおって言うわけぇ? ガードにヴィーちゃん呼んじゃおうかしら」
「……わかりましたよっ」
「ヨシヨシ、いいコね~。一度暖かいLDに戻って、みんなに挨拶しないといけないからきるわねぇ」
なんだかねぇ……あらためて寒け立ったのは、たぶん気温の低さだけではないな。
少し行った街灯の下で立ち止まり、右手をスマホごとポケットに突っ込んで、暖めなおしながら一思案……。
オレは、別に美人に弱いわけじゃあない。人間全般に弱いから、美人にまでやられちまうだけなんだ。
だって、有勅水さんの怖さは、その美貌とは関係ないっ。葉植さんや僊河姉妹と同じで、何をされるか想像もつかないって恐ろしさなんだから。
では、どうして、オレは悉く意表を衝かれてしまうのか?
それは今日、あのミラノさんのお蔭ではっきりした。オレは大概いつも受け身状態で、何の意志ももたずにいるからなんだ。
だから、強い意志で行動する人に巻き込まれる。
それが単なる我がままだろうと、気紛れな衝動だろうと、跳ね返すには、オレにも相手より強い意志力が必要となるってことなんだ。
だのにオレは、我がままは幼稚でみっともない、気紛れや衝動的な行動はオトナげない、と常識人ぶって、一方的に一線を引いて、まともに対応するのをやめてしまう。
でも、しっかり相手と同じ土俵に上がって、
その認識のズレから生じるvoid(自失している間)をすっかり使われて、オレはさらに自己中で稚拙でデタラメで無責任が渦巻く、相手のペースへ引きずり込まれていくことになっちまうんだ……。
けれど、所詮、一個人の行動なんて、発作的で利己的な自己満足にすぎない。
その勢いに囚われないためにも、オレ自身、じっとしていてはダメなんだ。
オレも自分のやりたいように、好きなように行動することで、他人のエゴを弾き飛ばしていかないと。
威勢よく動いてさえいれば、有勅水さんだって、自分の都合どおりに、オレを走らせるレールを整えている余裕なんかなかったはずだし。
──っと!
行こうとしていた方向から、今まで遠くカンジていた救急車のサイレンが、やたらと近くに聞こえてきた。
この辺りの家から急病人でも出たのかもしれない、そんな思いをよぎらせている寸秒にも、サイレンはどんどん大きくなる。
そして少し行った突き当り、T字路の左手から接近していることが、建築現場の塀に映る赤い光のチラつきでわかった途端に鳴り止んだ。
オレはふり返り、有勅水さんが、まだこの通りにまで出て来ていないことを確認。
あとは当然、こんな緊迫した余韻を、辺り一帯に広げつつある発生源へとダッシュ──。
かといって目の前にあれば飲んじまうし、飲まずにいられるはずもない。
なので、オレは里衣さんとセンパイに、あとのことを
オレのお粗末な家財が、どんな風にされちまっているかも気懸かりだし……。
吹きつける仲春の凍てつく辻風が、玄関を出て、わずか数歩で、全身の温とさを強奪してくれる。
ライダースのジップをしっかりと上げて、背中を丸め、冷灰が固着したかのようなアスファルトを「う~寒寒っ」と刻み足で行く。
敢えて有勅水さんに挨拶をして来なかったのは、ささやかながらの抵抗心からだ。
さすがに、笑顔と労いの言葉一つぐらいでは、オレのスネきった
暫くすると、その歩調を乱すかのように、ポケットの中で握っていたスマホが震えた。
……とり出して見れば、有勅水さんからだ。
指先が
「……もしもし」
「チョットそこで待ってて、スグ行くからぁ」
「寒いから嫌です」
「ヤダァそんな、私を、人けのない建設現場へ誘い込もおって言うわけぇ? ガードにヴィーちゃん呼んじゃおうかしら」
「……わかりましたよっ」
「ヨシヨシ、いいコね~。一度暖かいLDに戻って、みんなに挨拶しないといけないからきるわねぇ」
なんだかねぇ……あらためて寒け立ったのは、たぶん気温の低さだけではないな。
少し行った街灯の下で立ち止まり、右手をスマホごとポケットに突っ込んで、暖めなおしながら一思案……。
オレは、別に美人に弱いわけじゃあない。人間全般に弱いから、美人にまでやられちまうだけなんだ。
だって、有勅水さんの怖さは、その美貌とは関係ないっ。葉植さんや僊河姉妹と同じで、何をされるか想像もつかないって恐ろしさなんだから。
では、どうして、オレは悉く意表を衝かれてしまうのか?
それは今日、あのミラノさんのお蔭ではっきりした。オレは大概いつも受け身状態で、何の意志ももたずにいるからなんだ。
だから、強い意志で行動する人に巻き込まれる。
それが単なる我がままだろうと、気紛れな衝動だろうと、跳ね返すには、オレにも相手より強い意志力が必要となるってことなんだ。
だのにオレは、我がままは幼稚でみっともない、気紛れや衝動的な行動はオトナげない、と常識人ぶって、一方的に一線を引いて、まともに対応するのをやめてしまう。
でも、しっかり相手と同じ土俵に上がって、
No!
とは表明していないもんだから、それは黙殺であり、黙止であって、相手にとっては黙認も同然。その認識のズレから生じるvoid(自失している間)をすっかり使われて、オレはさらに自己中で稚拙でデタラメで無責任が渦巻く、相手のペースへ引きずり込まれていくことになっちまうんだ……。
けれど、所詮、一個人の行動なんて、発作的で利己的な自己満足にすぎない。
その勢いに囚われないためにも、オレ自身、じっとしていてはダメなんだ。
オレも自分のやりたいように、好きなように行動することで、他人のエゴを弾き飛ばしていかないと。
威勢よく動いてさえいれば、有勅水さんだって、自分の都合どおりに、オレを走らせるレールを整えている余裕なんかなかったはずだし。
──っと!
行こうとしていた方向から、今まで遠くカンジていた救急車のサイレンが、やたらと近くに聞こえてきた。
この辺りの家から急病人でも出たのかもしれない、そんな思いをよぎらせている寸秒にも、サイレンはどんどん大きくなる。
そして少し行った突き当り、T字路の左手から接近していることが、建築現場の塀に映る赤い光のチラつきでわかった途端に鳴り止んだ。
オレはふり返り、有勅水さんが、まだこの通りにまで出て来ていないことを確認。
あとは当然、こんな緊迫した余韻を、辺り一帯に広げつつある発生源へとダッシュ──。