076 ミスリードはラヴ&ミステリーの作法なのです ‐1st part‐
文字数 1,751文字
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建設現場前の道路脇に駐められている車両の中には、妙に懐かしいカモメマークのトラックもあった。
超ド級なナフサさんまで来ているとなれば、ムッシューの作品も本当に完成したと信じてよさそう。
誰もいない運転席を一瞥して、搬入路へと曲がる。
行く先のシャッターは開いていたものの、その奥には大型車が並んでいるのが窺えた。
ナフサさんのトラックはそのあとからということになるので、まだ到着してそんなに経ってはいないはず。
オレがのこのこ顔を出しても、女神の矢が雨あられと降り注ぐことはないだろう。
引き摺るバッグのキャスターが、すっかり出来あがってしまった路面の深い轍にとられて運び難い、でも早く有勅水さんに会いたかった。
それから、有勅水さんの都合がつかず、未だ船に乗せてもらっていないナフサさんにも。
シャッターを過ぎたスグ脇で同僚とダベっていた車両誘導員に、挨拶とともにセキュリティーカードを提示して先へと進む。
V&Mから、社名入りでスタッフの一員であると承認してもらえる証しなんて、今日を限りに金輪際、二度と所持することはないのかと思うと、カードをライダースの内ポケットへ戻す仕草も大仰気味なってしまう。
まぁ所属部門を示すカードの色は、ムッシューと同じオレンジであっても、仕事自体はここで一番の軽労働だってことは、ほとんどの作業員たちにバレているんだろうけれど。
ダンプとトレーラーが駐車された砂利敷きの間を、力任せにバッグを牽いてぬけ、邪魔にならない石段の横でその重荷を手放す。
そこから腰を伸ばすのと同時に見上げれば、既にテントはとり払われており、鋼 の光沢を放つ物体が一体、石段の踊り場の向こうから頭の部分を覗かせていた。
ムッシューの、いや、厳密にはディース・シオウル・天地のでもない、ザ・レルム・オブ・ザ・シェイズのセイレーンだ。
あとの三体は、もう少し後方に配置されていることになるんだろうけれど、四体の内でオレが一番気に入っていたヤツが、最も手前に立っているのがチョットばかり嬉しい。
正面を向いたシンメトリー形状で、下ろした腕が、腰辺りで手先だけチョコッと立てているようなカンジがいい。
でも、こちら側は建設途中のビルの裏になるので、オレのお気に入りらしく序列的にはドン尻になる。
石段を駆け上って行くと、これまで熟覧できずにいたセイレーンたちの全貌が露わになってもいく。
それぞれ立派な珊瑚色をした石の台座に設えてあり、やはり本体の外装は耐食性が高いハイテン鋼か何か、ステンレスとはどこか輝きや質感が違う特殊鋼っぽくて、パーツやテント内で見た時よりもだいぶ重厚感がある。
しかも、まるでメッキか鏡面加工されたみたいにツルツルのピカピカ、果たして継ぎ目はどうやって消し去ったというのか?
その辺を探り探り、センシュアル(上品なお色気)加減がイチオシの一体へさらに近寄ってマジマジと観察……睫目にしても継ぎ目の判別などできはしない。
おそらくは羽模様の溝に合わせて接合されているに違いないのに、その一筋一筋の溝までもが完璧に磨きぬかれていた。
そして不思議なことに、一層ツルンと滑らかさだけしかないはずの顔面部分を見つめていると、陽射しの加減によって生じる錯覚なのか、表情と呼べそうなモノを浮かび上がらせてもくる。
台座の高さの分、オレはより見下ろされているわけだけれど、恰も鋼鉄のセイレーンは、さらにその冷徹な眼差しで、気安く寄りつく無礼者を攘斥 しているかのようで、なんだかドキドキしてきちゃう。
じっくり鑑賞させていただこうとしていた淫奔‐怒濤なまでの胸の突出も、その彼女の凛然とした視線がおいそれとは許してくれそうにない。近づく者が、疚 しさという心理作用を効果的に働かせてしまうことは明らかだった。
でもそれを、オレみたいな凡愚な手合にまで見取らせるとは! やるじゃんムッシュー、冥界の領域なんて異名をもつだけのことはある。
「あらぁ、よかったわ水埜クン。ちょうどスマホがつながらなくて困ってたトコなのよっ」
有勅水さんだった、まだ残されていたプレハブ部分から出て来る。
その後ろからナフサさんも、顔をこちらへ半分だけ出していた……半分でも、有勅水さんとの対比でやっぱりデカい。
建設現場前の道路脇に駐められている車両の中には、妙に懐かしいカモメマークのトラックもあった。
超ド級なナフサさんまで来ているとなれば、ムッシューの作品も本当に完成したと信じてよさそう。
誰もいない運転席を一瞥して、搬入路へと曲がる。
行く先のシャッターは開いていたものの、その奥には大型車が並んでいるのが窺えた。
ナフサさんのトラックはそのあとからということになるので、まだ到着してそんなに経ってはいないはず。
オレがのこのこ顔を出しても、女神の矢が雨あられと降り注ぐことはないだろう。
引き摺るバッグのキャスターが、すっかり出来あがってしまった路面の深い轍にとられて運び難い、でも早く有勅水さんに会いたかった。
それから、有勅水さんの都合がつかず、未だ船に乗せてもらっていないナフサさんにも。
シャッターを過ぎたスグ脇で同僚とダベっていた車両誘導員に、挨拶とともにセキュリティーカードを提示して先へと進む。
V&Mから、社名入りでスタッフの一員であると承認してもらえる証しなんて、今日を限りに金輪際、二度と所持することはないのかと思うと、カードをライダースの内ポケットへ戻す仕草も大仰気味なってしまう。
まぁ所属部門を示すカードの色は、ムッシューと同じオレンジであっても、仕事自体はここで一番の軽労働だってことは、ほとんどの作業員たちにバレているんだろうけれど。
ダンプとトレーラーが駐車された砂利敷きの間を、力任せにバッグを牽いてぬけ、邪魔にならない石段の横でその重荷を手放す。
そこから腰を伸ばすのと同時に見上げれば、既にテントはとり払われており、
ムッシューの、いや、厳密にはディース・シオウル・天地のでもない、ザ・レルム・オブ・ザ・シェイズのセイレーンだ。
あとの三体は、もう少し後方に配置されていることになるんだろうけれど、四体の内でオレが一番気に入っていたヤツが、最も手前に立っているのがチョットばかり嬉しい。
正面を向いたシンメトリー形状で、下ろした腕が、腰辺りで手先だけチョコッと立てているようなカンジがいい。
でも、こちら側は建設途中のビルの裏になるので、オレのお気に入りらしく序列的にはドン尻になる。
石段を駆け上って行くと、これまで熟覧できずにいたセイレーンたちの全貌が露わになってもいく。
それぞれ立派な珊瑚色をした石の台座に設えてあり、やはり本体の外装は耐食性が高いハイテン鋼か何か、ステンレスとはどこか輝きや質感が違う特殊鋼っぽくて、パーツやテント内で見た時よりもだいぶ重厚感がある。
しかも、まるでメッキか鏡面加工されたみたいにツルツルのピカピカ、果たして継ぎ目はどうやって消し去ったというのか?
その辺を探り探り、センシュアル(上品なお色気)加減がイチオシの一体へさらに近寄ってマジマジと観察……睫目にしても継ぎ目の判別などできはしない。
おそらくは羽模様の溝に合わせて接合されているに違いないのに、その一筋一筋の溝までもが完璧に磨きぬかれていた。
そして不思議なことに、一層ツルンと滑らかさだけしかないはずの顔面部分を見つめていると、陽射しの加減によって生じる錯覚なのか、表情と呼べそうなモノを浮かび上がらせてもくる。
台座の高さの分、オレはより見下ろされているわけだけれど、恰も鋼鉄のセイレーンは、さらにその冷徹な眼差しで、気安く寄りつく無礼者を
じっくり鑑賞させていただこうとしていた淫奔‐怒濤なまでの胸の突出も、その彼女の凛然とした視線がおいそれとは許してくれそうにない。近づく者が、
でもそれを、オレみたいな凡愚な手合にまで見取らせるとは! やるじゃんムッシュー、冥界の領域なんて異名をもつだけのことはある。
「あらぁ、よかったわ水埜クン。ちょうどスマホがつながらなくて困ってたトコなのよっ」
有勅水さんだった、まだ残されていたプレハブ部分から出て来る。
その後ろからナフサさんも、顔をこちらへ半分だけ出していた……半分でも、有勅水さんとの対比でやっぱりデカい。