302 階段の会談の怪談 ‐1st part‐

文字数 1,237文字

 でもオレは、ジェレさんが、まずはと広げて見せてくれた和テイストのTシャツで、モォ~即座に所願成就!

 セイレネスの代表的モチーフが、飛白(かすり)の技法で入っているモノや、墨染めと紫根(しこん)など、草木染めに書き紋で入るモノ。
 さらには、沖縄の紅型(びんがた)、京鹿の子、捺染(なっせん)纐纈(こうけち)薄葉(うすよう)と……。
 もう、日本の伝統技術と文化を、イタリア人のジェレさんから、懇懇と講義を受けているという、奇妙な感覚に襲われてくる。

 ヘタをすれば、全国物産展か呉服の展示即売会を連想して、通俗的なノりが禁じ得なくなりそうなものの、そこはやはり僊河青蓮のデザインだけのことはあって、むしろ斬新。
 いずれもが、ビリッと小粋な出来映えとなっていた。

 どれも諦められず、オレはTシャツ全種類を、人生初のオトナ買いしちまうことに決めた。選り分けるなんて、とてもムリ。
 中には、明らかに女性しか着られないサイズのモノもあるけれど、里衣さんや毛絲さんに見せびらかしながらプレゼントすれば、喜んでくれること間違いない。
 
 それに、長崎刺繍でセイレーンモチーフが3D的に施された、刺し子の柔道着風ジャケットも無性に欲しいぃ。おハルに見せたら感激しそう。

 しかしそれには、通常のオレには考えられない金額が入っている、今のサイフの中身でもまだ足りない。
 億劫がらずに、QR決済ができるようにしておけばよかったぁ。一時的だとは言っても、草豪に借金をお願いするのは、オレのどこかに、どうにか残存する意地が許さないし……。

 その草豪の奴も、ミラーノからの新着アイテムにまで、しっかり釣り込まれてしまったと見える。
 ジェレさんの精到な商品知識に耳を傾けながら、一とおりチェックして廻るには、もう暫くはかかりそうだ。

 ヨシ。ならばその隙に、オレの分はチョットとり置いてもらって、一っ走りして来ちまおうか~。
 ATMへ行く前に、こんなクソ重たい年鑑なんか、ウチの玄関先に放り投げておきたいし、開店祝いの花や、ジェレさんたちへの差し入れも調達しないといけない。

 ジェレさんにとり置きの件と、草豪のお守りをお願いして、草豪の逆襲を喰らう前に戦線離脱、静かに素速く外へと飛び出す──。

 オ~ッと、そうだった。ビルが稼動を始めたのなら、あのセイレーンたちのテラスがある近道も、通りぬけがOKになっているはずだっ。
 
 そうひらめいて回れ右をしたところ、ビルの向こう端、ちょうど近道の入口を前にして、独りヴィーの奴が突っ立っていた。
 それも、ミラノが扱いを心配していた、テントウムシのボタンが付く限定スーツなんぞを着て……。

 限定アイテムだけに、この外光下だと、かなり手の込んだつくりがしっかり見て取れるし、ヴィーでも、華麗かつシックに決まっているのがさすがだな。
 一応大事にはされていたようだけれど、ヴィー自体はこの前とは違って、随分と派手な印象だ。

 メイクはCMと同じく無気質なカンジ。髪はヅラなのか染めたのか? 真っ黒で、著しく左右非対称なミックスボブにしてある。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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