１５４　不動明王　動く……　‐１ｓｔ　ｐａｒｔ‐

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「起きてぇ楯クン、ガッコのお友達が迎えに来てるわよ～」

　んんっ……里衣さん？

　何で？　いつもなら、ミラノさんが声をかけてくるのに。
　大体、里衣さんがいるってことは、まだ随分と早い時間じゃないの？

　──重い瞼をこじ開ける。
　霞んだオレの視界の中心には里衣さん……じゃないな、誰だこれは？

「うわっ！」

　和室の天井を背景にして、オレを真上から覗き込んでいたのは毛絲さんだった。
　でも何だっ、まるで吸血鬼みたいなゴールドの瞳。
　唇もトカゲの舌のように青くって、片方が欠けた牙まで見せて笑ってるっ。

「目ぇ覚めたぁ？　さっさと顔洗って支度しなね、私たちはお仕事に出ちゃうんだから。あとのことは知らないにゅ～」

　毛絲さんは、上歯からはずした牙をハメ戻しながら言う。
　気味が悪い眼の色もまた、カラコン‐コレクションの一つだったらしい……。

「そ、そんなので仕事に？　大丈夫なんですか」

「ンン、そんなのだと？　こいつぅ、寝起きだからって許さないにゅっ」

「あ、すみません。ってチョット何を──」

　毛絲さん、寝袋のジップを、オレの首に喰い込むほど引き上げてくれちまった！
　ミラノさんが生協で買ってくれたこれは、やっぱりオレには小さかったら、ここまで上げられると、簡単には出られなくなる。それも自力ではまずムリなのにぃ。

「私のコスプレは、結構評判なにゅっ。商品の味は確かなんだから、売り子は精精、客寄せヴァンパイアになるっきゃないってことにゅ～」

「……そうですか。よ～くわかりましたから、出してくれません？」

「ほらぁ、楯クン起きたよ。話をつけるなら、今このままの状態が好都合かもね。文字どおり手も足も出なくて、逃げられないから」
　毛絲さんは、リヴィングダイニングの方に向けて言う。

　首の皮がジップに噛まれて痛いけれど、そろり顔を横にして見れば……。
　開け放たれた襖の先には、明王共の三人、剣橋と草豪と金樟がいた！

　それも、嫌な記憶ばかりを呼び起こす、家鼠色(いえねずみいろ)の制服姿で──。

「何だよ一体っ？」

　ホント手足が出せないし、踠き足掻くと、さらにジップが首をはさんで痛いぃ。
　毛絲さんへ、詫びを入れつつ助けを請うも、金色の瞳で不吉にウィンクして見せるだけ。そそくさ和室から出て行ってしまう。

　……そして、入れ替わりに草豪を先頭にした三明王が、オレが寝転がっているヴィーが明け渡した六畳間の奥へと上がって来るっ。
　附属校の冬服は、女子もスラックスだから遠慮ってものがない、三人はオレの枕元に立ち並びやがった。

　この、囲まれての思いきり見下ろされたアングル、今晩から夢に出てきて、間違いなく魘(うな)されちまうぅ……。

「私たち、一生のお願いがあるのよね。聞いてくれる水埜？」

　まず口を開いたのも草豪だった。こいつは完全に、オレを言い負かしにきてやがる。

「あらたまるなよ、見下げてるクセに。大体何だ、朝っぱらから一生のお願いって？　聞くも聞かないも内容次第だねっ」

　草豪は、オレに卒業式へ出席して欲しいと単刀直入に言う、緑内の遺影を持つ係として。
　さらに草豪たちは、式の前にスラックスの折り目を崩したくないからしゃがめないだけで、決して見下げているつもりはないらしい。

　……結局、根上は剣橋に頭を下げたわけか。
　それで、とうとう尻果(しりは)てに、埒を破ってオレへお鉢を廻しに来たって？　

「何だよ、前生徒会役員がそろいもそろって。それくらいやってやれよ、緑内が可哀想じゃんか。根上だって、最後の手段でおまえらに頼んだんだろうが」

「可哀想だと思うなら水埜がやってよ」

「じゃぁ、草豪は思わないのか？　可哀想だって」

「思ってるわよ、だからこうして朝早くから押しかけているんでしょうが。水埜こそどうなのよ？　緑内が、私たちを避けていたのを知っときながら、私たちでどうにかしろって、よく言えるわねっ」

「う～、オレは卒業式自体に出たくないのっ。もう教師連中の顔なんか見たくもないっ。オレみたいな、プレブスのリフラフがそんな役まわりをするのは、ガッコ側だけでなく、緑内の御両親だって望みやしない。同じ理工に進んだ、優秀な奴らに頼むのがスジってもんだろっ」

　物理講師の刕伊豆(りいず)はさておいても、数学担当の学年主任だった銜噬(ばみがむ)とは、どうあっても会いたくない。

　あの冷徹な目で、また見られたら、確実に生きる意欲を奪われるっ。