137 ___ ‐2nd part‐

文字数 1,661文字

「十数年間も好き勝手をして育って来たコを、一年やそこらで、受験科目を完璧にするだなんて土台ムリな話だ。だが、ヴィーさんは、ムリにでも詰め込んでやれば何でも入る。頭脳の働き自体の癖としては、ほとんど問題がない、君と一緒でな」

「……オレも?」これって、つまりバカにされてるってことじゃんか!

「君の場合は、詰め込ませる相手を選ぶようだから、ヴぃーさんよりも贅沢と言えるな。まぁその分、記憶に留まる時間は長そうだがな」

「……なるほど、けれどヴィーも、オレも、鵠海さんたちとは同じではない。そう言うことですね?」

「そんなことを言ったつもりはないな。だが、君たちは、僕らのようになどなりたくない、ただそれだけの違いでしかないな。それに君は、僕や牛津さんは受けつけるが、新城君とは波長が合わず内心完全に拒絶している、だろ?」

「あは。バレちゃってましたか……」

 「彼女の押しつけがましい口調や、これ見よがしな言いまわしに、反撥を覚えるんだろうけどな。僕も苦手だ」

「……でも、それをオレにバラすなんて、意外ですけれど」

「要するに僕らも、同じの目的のために行動している同僚の関係だけで、性格や気稟(きひん)までの等質性はないのさ」

 鵠海氏は口元だけで笑った。
 視線はディスプレイ、指もキーボードをたたいたままだったけれど。

「オレも、認識不足だったみたいですね。でも鵠海さんは、何で今のような仕事をしているんです?」

「その質問は少し早すぎるな。君にうち明ける義理はまだない、それに長ったらしく話さなければ、理解できない話だろうからな」

「…………」

「では、僕も反問させてもらおう、君とヴィーさんは一体どういう関係なのかな? ただの学友とも、ましてや恋人とも思えないがな」

「……そうですね。すみませんでした」

 オレの方からは、全く関係がないなんてこと、言い出せやしない。真実でも、さすがに、今更すぎるし。

 それからも、鵠海氏の軽快なキータッチ音は続いた。

 鵠海氏が一体どこをどう添削してくれているのかが、気懸り以上に愉しみだ。
 プリントの内容にもざっと最後まで目を通し、レポートに、さらに何を書けばいいのかも纏まってくる。

 ヴィーにはどうだか知らないけれど、オレには鵠海氏の教え方が本当にマッチしていると思う。生徒にとって、教師との相性こそが最も重要だと思えてしてしまう。
 
 ヴィーだって、こんな計算され尽した教育法で受験を突破し、特待生を続けていたわけだから、今でも記憶にある程度は教養となって残っているはずなのに、それが滅多に言動となって発露されないときてるから、ホント恐れ入る。
 きっと、オレよりもと言うか、心底勉強が嫌いなんだな……。

 鵠海氏のスーツの内側からスマホが震えた。

 ヴィーを捜しに出たどちらかからメッセージが届いたようだけれど、鵠海氏は一瞥でチェックを終え、またオレのレポートの添削を再開する。
 
 そして、オレの意識がプリントへとまた集中し始めた時、鵠海氏は、ラップトップのディスプレイをオレの方へ向け返してくれた。

「どうやら今日は空ぶりだな。ヴィーさんは、暫くここへは帰らないかもしれない」
 腰を上げながら鵠海氏は言う。

「……そうですか、わかりました」

 それから、ソファーの脇に置いたビジネスバッグから、フラッシュメモリーをとり出し戻って来た。

「明日以降プリントして渡す予定だったデータが入っている。コピーだから返さなくていい、もう見てあげられるかわからないからな。やれるだけやったら、評価は提出して得るしかないな」と、オレの前に置いた。

「いいんですか? オレなんかに、そんな関係もないのに」

「乗りかかった船に、ほぼ乗り込んだところで、降りなくてはならないかもしれないんだ。とりあえずの置き土産ってことだな」

「あ……はい」

「君はただ書きたいだけなんだろう? それがないと、スグに書き詰まって苦しくなるぞ。そうなれば、嫌でも自分で資料探しに出なければならなくなるが、当分はあまり出歩かない方が安全だからな」

「まぁ、そうでしょうけれど……」
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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