105 __________________ ‐3rd part‐

文字数 1,521文字

 その横たわった体に、付いているであろう頭部へ目を凝らせば、それは、どこか、見憶えがありそうな……。

 そこで漸く、ドアロックのボタンを照らすため、右手をポケットに突っ込んで、スマホをとり出そうとしていたことを思い出す。
 そのせいで、バランスがとりきれずに、両手を突くほどコケちまったことも。

 ただちにフリースのポケットから抜き出したスマホで、その、石畳の路面へ貼りつくように横たわる人影を、恐る恐る照らす。

 ──体勢は俯せの状態だった。
 けれど、首だけが、ムリヤリ仰向けにネジ上げられたみたいなカンジで、その、ほぼこっちを向いている顔は……どうも……どう見ても、やっぱり緑内っぽい──。

 しかし、いつもの緑内とはまるで違う。
 眼鏡もなしに白目を剥いて、特殊メイクで、グロテスクにデフォルメしたような形相と皮膚の質感。

 下側になっている髪の毛がべっとりと濡れていて、さらにその下、平らなりにも凹凸がある石畳にまで、赤黒い液溜りをこってりと広げている。
 緑内の頭は、その粘度の高そうな溜まりに浮いているカンジで、このままだと、いずれ奇っ怪な深海魚にでも変身してしまいそうだ……。

「この人、何者なんだろー? 若そーだけど」

 現実逃避の泥舟を漕ぎだしていたオレを、葉植さんが、相も変わらぬ調子で引き戻してくれる。

「……緑内? おい緑内っ」

「楯クンの知ってる人なのー?」

 葉植さんの声がヤケに遠く聞こえた。スグそこにいるっていうのに。

「えぇ、おそらく……」

「でもー、これって絶対死んじゃってるー」

 葉植さんは、血溜まりが広がっている方で、緑内の脳天を覗くようにしゃがみ込むとそう言った。

 オレも、緑内の体を迂廻して、そちらへと行って見る。

 ──緑内のほぼ頭頂部、ちょうど髪の分け目の中には、その内側までをびらびらと、めくり上げてしまっている穴がパッカリと開いていた。
 両手で親指と親指、人差し指と人差し指同士の先端を合わせてできるくらいの、形とサイズの……。
 こんな穴、一体どうやって開いたんだ?

 その傷口の内壁面は、血の赤、そして骨と脂肪の白、さらには血管の紫で、生生しく鮮度がまだ高そうな層を描いている……その一番奥で、一際グジュグジュしているのが脳ミソなんだろうな……。

 こいつは、間違いなく、あの緑内ってことなんだろう。

 でも、見るからに苦しそうな体勢を、なおしてなんかやれない。
 手を伸ばして、その体に触れるなんてことは、とてもじゃないけれどできなかった。

 触ってしまえば、なんとなく、たぶんきっと、死んでいるって事実が、はっきり判明してしまう──。

 ドサッと背後で音がして、オレが思いきり竦みあがりつつも反射的にそこを照らすと、それこそ死人のような顔でヘタリ込む川溜の姿があった。
 その傍らで江陣原も、さっきと全く同じ体勢のまま棒立っていやがる。

 ったく、こんな時まで二人してダンマリかよ。
 こんな時は、フツウ、女性の絹を裂くような叫び声で、凍った時間が現実へと戻るもんだろうに……。

 待てよ、これってホントに現実か? 現実なら、今に緑内が大笑いしながら、

? とか言って、起き上がるんじゃないだろか?

 ──けれども、緑内は一向に、ぴくりとも動きやしない。

 スマホをライト代わりに照らし続けている指先も、(かじか)みでツラくなってきた。
 こんな時でさえ、普段と全く変らない葉植さんにまで、オレが頼ろうとしたタイミングでスッと腰を上げられてしまう。

 ……また、こんな時だってのに、何やら別の興味でも湧いたのか? 葉植さん、暗い辺りをキョロキョロうろうろと、探索を始めてくれるときた。
 
 緑内ぃ……オレは、一体どうすりゃいいんだよぉ──。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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