179 誰も来やしなかった……のか? ‐1st part‐

文字数 1,964文字

「まぁ、それが終電の時間ならまだしも、始発では、懸念なんかまず生じませんよね。そもそも自動改札ですし」

 筌松はそう言いながらも、一頻りそうした状況に想像を巡らせていることが、瞳の動きで判断できた。
 その、右上を見るアイパターンは、視覚的にイメージを創り出している証拠だと言うのは都市伝説だって、たぶん葉植さんから聞かされたはずだけれど、想像することで眼球が動くこと自体は当然らしいから。
 
「ですね。その駅に、乗降客へ朝の挨拶をする習慣がなければ、完全に見落とされていたでしょう」

 草豪も、もはや、手応えしかないってカンジの手柄顔が浮かびだしていやがるし。

「だけど、朝帰りって、バレ易くなるんじゃないさすがに?」

「家で親が起き出していても、彼女は、早朝ウォーキングを始めると断っていましたから。朝帰りをしようが、何の不審感ももたれずに、堂堂と玄関から入れたんです」

「なるほどねぇ。ランニングでコートにジーンズはマズいけど、中学生のウォーキングなら、ホントに朝の空気を吸いにチョット出るカンジって言うのが、親たちの認識だろうし」

「ですね。その辺の小賢しさは、ただの一三歳と決して侮れませんよ」

 田宮謡が、日に日に自分の住む地域に近づいて来る、それも、スグ隣町へやって来るともなれば、勝庫織莉奈はもう悠長にかまえてなどいられなかったのか?
 やはり根上が言っていたような、一度憶えたらやめられないというワクワク感が、彼女を忘我の境地へ至るほどに、踊らせていたのかも……。

 それでも、その短いとは言いきれない期間中、寝不足を隠し隠し解消して、親や学校には平常どおりぶって見せるんだから、幼気(いたいけ)な一三歳の少女という認識には、物凄く多面性があるってことを、再認識しないといけないだろう……。

 五歳も離れているからって、オレがそう思うのもなんだけれど、今どきの若いモンは、ホント侮ったらヤバいな。

「……確かにね。なんだか、自分の中学時代の、小憎らしさを思い出しちゃうわ」

「エェッ? 一三歳のトシが、早朝ウォーキングなんて発想すること自体が、全然考えられないんだけど~」

「黙れ、準準準準準準準準くらいのミス在栖川めっ」

「……いきなり何よ、それぇ?」

「よろしいでしょうか、話を続けさせてもらっても?」

「あ、はい……」

 答えた筌松が睨むと、上婾さんはテヘペロと言うより、舌の出がほんの一瞬で、よりキュートなテヘチロで居住まいを正した。
 しかしながらオレ的には、こんな場でなかったら存分に笑ってやれる筌松の方が、数万倍ポイントが高いんだよなぁ。

「勝庫織莉奈は、まず九日の早朝、きっと朝帰りをしてからスグに書き込みをした。<田宮謡の曲を好んで聴いていた老人たちが、死亡事故を引き起こす因果律を、とうとう突き止めたような気がします>とだけ」

「……ホントに? なんかブラフっぽいんだけどぉ」

「でもまぁ、それからの二日間、続きとなるようなコメントの書き込みはなく、DGメンバーたちの反応を窺っていたと思われます」

「当然でしょうけど、無反応だったんじゃない?」
 
「そのとおりです筌松さん。そして、三月一一日の深夜、勝庫織莉奈は最後の書き込みをします」

 ──その内容は、

<因果律の正体を知りたい方は、明日二一時に集合。合言葉は、

、です。どうぞ気軽に声をかけてください。そのあとで直接、あなたの目の前で、決定的瞬間を御覧に入れて差しあげましょう>

 そう書き込むと、勝庫織莉奈はまたも完全に鳴りを潜めた。ログインすらもしなかった。

 けれども、DGメンバーたちのほとんどが無反応。
 勝庫織莉奈の書き込みに、肯定的と取れる興味を示したのは、根上を含め三名だった。

 あとは、全く関係のない話題で新しいスレを立ち上げて、その場から完全に消え失せてしまうという冷淡な反応ぶり。
 勝庫織莉奈も、自分を信じて来てくれた者だけが仲間に値する存在なんだと、きっぱり腹をくくったわけだ。

「彼女が記した合言葉なんですが、認知度はほとんどない『誰も来やしなかった』と言う、新本格に分類されるミステリー小説に出てくる一節でした」

「あ~、それタイトルだけ知ってるわぁ。読む気も起きなかった気がするし」

「……私も。なんかミステリーと言うより、キャッキャなラノヴェっぽい表紙だった記憶があるかも」

「でしょうね。主人公の探偵少女が、依頼者の財閥令嬢に語るセリフだったんです。哪須高原の別荘で血みどろの連続殺人が起こる典型的な設定で、出版当時に、勝庫織莉奈がサイトで話題にあげていました」

「哪須って、自分の地元近辺が、舞台になってるってわけ?」

「はい。なので、彼女には、思い入れのある作品なんでしょう」

「……何か具体的な、地元民ならスグわかるような描写がされてるとか?」
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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