___ ___________ ‐3rd part‐

文字数 1,893文字

「私はね、事故死した老人たちが聞いていた演歌を調べて、中でも田宮謡に注目したの」

 昂然と語りだすルエに対し、ユールの方はうって変わって怪訝そうな面持。

「……それは、何ゆえだ?」

「やっぱり去年から急に大ブレイクしたってだけじゃなく、彼女の昔の曲に『美作沖』って言うのがあって、それが老人ウケする歌詞なんだよね。ユールも唄ったことあるんじゃない?」

「そうだな、あるし知っている」

「あれって、年老いた農夫が、田植えしてる苗に稲穂が垂れるほど実るまでは死ねない、もし死んだら、その田んぼがある土地に埋めて欲しい、って歌詞でしょ。なんか、強烈な隠呪をカンジちゃうわけ」

「ほう……」

「それに美作って、現在の岡山県でも海側じゃなく山の方の地域なのに、沖なんて言葉が使われてる。なぜだと思う?」

「さぁな……」

「中部や中国地方では、広大な田畑や原野も意味するんだけど、辞書にはそれ以外にも、

とか

とか、なんか、物凄く意外な意味もあったりするんだよ。これはもう、絶対に呪いが込められてる」

「…………」

「私は、そう推理して、ウェブを索り続けてたらこれがズバリ。田宮謡のリサイタルに合わせてるみたいに、老人の事故死が発生してることを突き止めたのよっ」
 
 嘻嘻と語る少女に対して、ユールの表情からは少しずつではあるが、着実に穏やかさが失われていった。
 視線も、遠く上げたまま、「…………」
 今はもう、相槌代わりに、少女へめかりうつこともない。

「だから、私も今、その呪いの決定的な瞬間が目撃できそうな老人がいないかなって、こうして、探し歩いてるわけなんだぁ」

「……そうか」

「呪いにかかっている人にはね、他人より濃い影を落としているとか、眼球が乾ききって瞳に艶がないとか、必ず見た目にわかる予兆があることまでは、あちこち索ってわかってるから」

「…………」

「だけど、そう言う老人、疑わしいカンジの人はいても、なかなか確信がもてるまでの人は見つからなくって。そしたら今夜はちょうど、ユールが、田宮謡なんかを物凄く上手に唄っていたもんだから──」

「悪いがルエ、私は駅へ引き返さなければならない。その話の続きは、また次の機会にでもゆっくり聞かせていただくことにする」
 ユールは立ち止まり、少女に向けて毅然と告げた。

「え……そうなんだ? うぅん、わかった」

「すまないな」

「ウン、また今度ね……けど、明日は黔磯なんだよね? やっぱり駅前で、今日と同じ時間で唄うの?」

「おそらく。だが、そうできなくなることもあり得る。だからルエ、家で温和しくしていることだ。それでは、くれぐれも気をつけて帰ってくれ」

 そう言うと、ユールはギターケースを肩に背負いながら軽捷に、フラつくことなく回れ右のターンをする。

「じゃぁ明後日はっ、こっちでまた会えるんだよね?」

「ああ……では、その時には、私の仕事をルエにも手伝ってもらうとするかな」

 ユールは短く片頬笑(かたほえ)むと、所在なさげに棒立つ少女の前から、ここまで来た倍くらいの歩速で立ち去って行く──。

 少女にももう、その小路の先を行く意味はなくなっていたが、自宅がこの先にあると出任せをしてしまった手前、今またスグに、ユールの跡を追って引き返すわけにもいかない。
 それに、ユールが最後に言い残したセリフも気にかかる。

 そしてそのまま寸陰を経て、少女の感懐には一つの疑念が湧き上がった。

 ──だがそれは、こうして親に内緒で夜歩くハメになった事由とも言える忌忌しい仲間たちへ、自分の正当性を見なおさせる報告が、とり敢えずできる安堵とは相反する。自分でも、とても受け容れてしまえるモノではなかった。

 早くも見えなくなっていたユールの後ろ姿を脳裏に思い返しつつ、少女は、
 ≪黔磯の方が家から近いし、唄っていればスグに見つかる。もう、今日みたいな失敗はしないし、ユールが何者なのかを突き止めてから……それから、私の出方を決めても遅くない≫
 とにかくは、そう、高ぶりだす気持に整理をつけた。

 ユールが、本当は、自分より虚誕(きょたん)で塗り固められた悪魔でも、美しくパーフェクトなほど、この手で追いつめた瞬間は悦楽の絶頂になるはずだと。

 少女は敢然と踵を返し、もう無意味だとカンジていた雑駁(ざっぱく)な小路の先へと進みだした。

 ──何なのかは、まだ情報が足らずわからない。

 ≪具体的な根拠など一切ないけど、ユールが向かっていたこの先に、今夜はとり止めにした何かがある。それも、ここまで来るほんのわずかな間に、私がうち明けた呪いの話のせいで、ユールは急遽そう変更したんだ≫

 そんな確信だけは、少女の胸に満ち溢れていた。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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