___ ___________ ‐2nd part‐

文字数 1,843文字

 降りきった所で、階段口の反対側へと折れて行くユールの後ろ姿を、手摺りから伸び出して覗き見る際にも、少女は慎重を期すあまり、段を踏み違え転げ落ちてしまうところだった。

 そして、急ぎながらも気をつけて段を降りきった少女は、立ち休らうことなく、ユールが進んだ方へと走りだす。
 ユールが、その歩道に面して建つビルの角を曲がり、少女の視界から消えたからだった。

「あっ──」
 駆けて来た余力のまま横丁へ進み入った少女の前には、立ちはだかるユールの姿が。

 急停止による慣性と不意を衝かれた驚きから、少女はまたもバランスを崩してしまう。
 そこを素速くユールが、トランクの把手を握ったままの腕を伸ばして止め支えた。

「悪い悪い、すっかり驚かせてしまった。私に何か用でもあるのか?」

 パチンコ店のネオンサインと同期を合わせるように、少女は目をパチクリさせて、慌ただしくもギクシャクと、ユールの腕に預けていた体勢をとり繕う。

「あの、どうも、すみません……」

「やはり、私の跡をつけていたわけだな。それで? 貴様の狙いは何だ。それ以前に、貴様が彷徨いていい時間ではないだろう? 人集りからはずれた所にいるのを見て、気にはなっていたんだ」

「えっ、そんなに前から? 私に気づいてたんですか……」
 少女は、ユールの腕から大きく一歩離れて答えた。

「私も、一応は客商売だ、傍へと寄ってくれる者よりも、遠巻きにしている者の方が目に留まる」

「……そう、ですか……」

「若い連中に群がられると、老人たちは、その中に入って来ようとまではしないのでな、声をかけるためにも自然と目がいく。私は、彼らにこそ聴いてもらいたいのだから」

「……それです。私が、つい跡をついて来てしまった理由」

「ん、それはどう言う意味だ?」

「その、老人老人って……ユールさん、私とそんなに歳が離れていないカンジなのに、老人に向けて路上ライヴしてるなんて変わってます」

 そう言うと、少女はたちまち、悪怯れた表情をつくって(うつむ)いた。

「ふむ。変わった者の、跡などつけないのがフツウだろうに?」

 少女がゆっくり上げるその顔には、わずかだが、確然と対抗心が現れだした。

「……呪い」
 絞り出した声にも少女の決意が(しっか)と籠もる。

「何だと?」

「演歌の呪いを調査してるんです、私」

「……聞き間違いではなかったようだな」

「そうです。去年から、独り暮らしの老人や老夫婦が、自宅で死亡する事故が頻発していて、それも、死んだほぼ全員が熱心な演歌ファンだった」

「ほぉ……」

「だから、老人に向けて、演歌も唄っていたユールさんが気になったんです。何か聞けるかとも思って……それに、私の家もこっちです。尾行じゃなくてついでです、あくまでも」

「ふむ。そうか、では送って行こう。私に話せることはないがおもしろい、続きを聞かせてくれ。貴様も相当の変わり者のようだ」

 そう独り決めして歩き出すユールに、少女は内心で狼狽(うろた)えつつも、込み上がる感情を抑えながら横へ並んだ。

「……あの、途中まででいいですから……その、失礼ですけど、ユールさんって女のコ、ですよね?」
 
「どうかな。女に送られるのが変だと言うなら、男でかまわんし、男ではマズいのなら女で結構。さぁ、貴様の奇談を聞かせてもらおう」

「私……私、ルエって言います、ルエ・テイルワル、貴様じゃありません。それに、もう、来月からは高校生だし、子供あつかいしないでくれませんか」

 少女は、初めに言いなしたごまかしに乗せかけて、氏名と年齢もウェブ上で使用している設定を口にした。

「私の推定年齢より一つ二つ上だな。歳相応に見えなくもないのは、純粋な日本人ではなかったからか? 日本人の大半は実年齢より幼く見える。まぁ、同じガキに変わりはない、気を悪くしないでくれ」

「えぇっ、それじゃ私と──いえ、一三、四歳の中学生なんで、すか……いえ、ユール? 年下に、さんは要らないよね」

「ん、まぁそうらしいが、一八と言っても通用するので、安心して私に送られろ。学校などへも通っていない。いつでもできる自己紹介は後まわしにして、早く聞かせてくれないかルエ? 呪いの話だ」

「……変わってる。でも私とは違うんだね? 中身はフツウ、歳相応。私の名前でピンとこないのもフツウ、けど気にしないのは変」

「よくわからんが、変もフツウも、所詮はどうでもいいことだろう?」

「……そうね……それで、呪いの話だけど」

「あぁ聞こう」

 少女は、ユールから前へと所得顔(ところえがお)を向けなおし、噛んで含める口調で語りだす。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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