112 そうね、キミさえいなくなっちゃえば天下事無し ‐1st part‐

文字数 1,199文字

「んん? 何、いきなり熱くなってんだ水埜?」

「緑内がムカつくフザケた奴なら、殺されようとかまわないってのかっ? 憎まれ口を叩き合いたくても、もう二度とできないんだ、そこだけは忘れんな。おまえら、人一倍記憶力がいいんだろっ」

「お~い。どうしてメソついていやがるんだよ? この流れでぇ」

 何を?
 オレは泣いてなんかいない。眼球が一時的に潤んだだけだ。本当に泣けたら、どんなに楽か知れやしない──。

 慌てて袖で拭おうとして、慌てて寸止め。このコートも正式にもらったわけじゃない、借り出しなのかもしれないから……。
 オレはわずかに滲んだ視界の中、スーツの胸ポケットに、青い艶めきを放つセイレネス‐アッズッロのハンカチが入っていたのを思い出し、それを使った。
 それくらいなら、オレでも泣く泣く買いとれる。

「涙は見せるなよなぁ、みんながいる往来なんかで。ホント、迂闊すぎだぜ水埜」

「そうだぞ水埜、いつまでも辛気クセェ。緑内だって、女子の涙は喜ぶだろうが、野郎からは悪態の方がいいって言うに決まってる。そういうフザケたヤツだったんだ、あいつは」

「だね。水埜が何か責任をカンジているんだとしても、それは背負い込みすぎってもんさ。あいつはフザケたヤツだったが、決して迂闊なヤツではなかった。本当に、我が身の危険が全く予測できない状況下で、殺されたってことなんだろうからね」

「そうそう。あいつは自分のヘマぐらい、自分でキッチリ責任をとるさ。そもそも水埜と緑内は、義理立てし合うような仲じゃなかったろ。水埜が呼んだから、鍋を喰いに行ったわけじゃない、緑内が行きたかったから行ったんだ。一瞬たりとも水埜を恨んだりするもんか」

 ……やっぱり、アホだオレは。なんか、今度は、妙に嬉しくなって泣きたくなる。

 こいつらとも、緑内は、一緒に育ってきたんだってことを忘失してたのはオレの方だった。
 むしろこいつらの方が、オレよりもずうっと緑内に近かったということも……。

 けれども、涙はハンカチで拭い出した一滴でお終い。泣いて落とし前をつけることは、オレには許されないみたいだ。
 みんなの前で、ポーズだけでもとれたことで

としなければならない。

「ウルセーよ。とにかく、みんなが日本を離れる前に犯人の奴が捕まるよう、誰だっていいから働きかけてくれよ。オレには何もしてやれないからさ」

 そう、オレには何もできない。もう、こいつらにとってリフラフでプレブスなオレらしく、静黙しているべきなんだ……。

 結局は、オレがいきなりパーティーなんかに誘わなければ、緑内は殺されずに済んだわけだから、緑内の家族のケアも遠慮しなくてはならなかった。

 未成年はまだ守られる立場だからと、町内の自警パトロールにも参加させてもらえない。

 だからって、静かに凹んでいると、ウチに来るみんなに暗鬱が感染(うつ)ってしまうので、自分の気持に正直にしていることも許されない。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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