159 ____________________ ‐2nd part‐

文字数 1,361文字

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 てきぱき動いて、着替えを省略したら、八時四五分を前にして家を出られてしまった。

 しかしながら、いつもの道順を、いつもより速い歩調で進んでしまうのは、やっぱりこれから大学の図書館で、一体何が待ち受けているのかを、早く知りたいという気持からだろう。

 暫くすると体温も上がり、息も弾んで暑さを覚えるくらいになってくる。
 考えてみれば、もう三月も二〇日なんだよね。
 日が落ちるとまだまだ寒いとは言え、いい加減にライダースを着るのを止めて、春っぽい格好をしないといけないよなぁ。

 でもぉ、もう、セイレネス以外のアウターを着る勇気なんか全然ないし、運転免許もとりたいし……。

 そんなやり繰り算段をしながら角を曲がり、行く手に建設現場の高塀が見える道路に出る。
 ……あの似非鉄材の囲いを見るたび、近頃は、なぜか緑内のことよりも、ムッシューが連想されてくるんだよねぇ。
 それはきっと、ここのところ有勅水さんの不機嫌が、ヒドさの極致に達してしまっているからだろう。

 有勅水さん、ムッシューとやり合っていた時と同じ倦じ顔で、ウチに夕飯を食べに来ては、些細なことで、宝婁センパイとミラノさん相手に派手な口論をブチかます。
 そして食後には、ワインをチビリチビリやりながら、オレにまで絡んで来るから堪らない。

 ウリウリと八つ当たりしつつ、ボトルを空けると、すっきりした顔になって帰って行く。
 有勅水さんだから許せるものの、ホント女神様ならではの、タチが悪いストレス解消法だ。

 もはやセンパイとミラノさんは、有勅水さんの相手になることを愉しんでいる。
 まぁそうなってしまったのも、まさに有勅水さんが頭を痛めていたトラブルの核心を、センパイの毎度のオチョクリが、クリーンヒットしてしまったからなので、仕方がないんだろうけれど。

 そしてミラノさんも、決して他人事ではないんだよね。
 なのに、丸っきり対岸の火事で、むしろセンパイと一緒になって、おもしろ可笑しく(はしゃ)いじゃったもんだから、有勅水さんも腹に据えかねちまったんだ。

 センパイと毛絲さんから聞いた話を総合すると、その有勅水さんの神経をささくれさせているトラブルの大本というのが、あの建設現場に纏わるホラーチックな流言飛語だった。

 オレは全然知らなかったけれど、記念公園に沿った二本の道路が建設現場の前でぶつかるY字路周辺は、もう完全にミステリースポットと化しているみたい。

<あそこに近づくと、空気やニオイが違ってカンジる──>

<あのY字路を通りぬけると、なんだか無性に鳥肌が立つ──>

<いきなり背後から抱きついては、相手が驚いて、身を竦めている内に、逃走して姿を消す痴漢が出る──>

 と言うくらいの、まだ現実的にあり得そうなレヴェルの話から、

<おんぶオバケが出る。それも、乳飲み児から老婆まで姿は千態万様──>

<水子の霊が、母親だと思って、通行人の体の中へモゾモゾと入って来ようとする──>

<驚いて背中へ目をやると、そこには、まだちゃんと人間の形になっていない胎児が貼りついている──>

<工事で地面を掘っていたら、古い人骨がゴロゴロ出てきた。実は、明治時代に入るまで、再開発中の傾斜地は墓地だった──>

<掘り返された骨の欠片を、近所に棲みついていた大ガラスが盗み喰い、獰猛になってしまった──>
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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