128 __________________ ‐2nd part‐

文字数 1,377文字

 ……平日の昼下がりだというのに、途切れることなく客の寄りつきがあるのは、世間が春休みだからってわけでもなさそうだし。

 そして、フロア内が混雑するまでにはならないのは、ここにある全てが高級すぎるから。

 だのに、単品から軽いアウトフィット(一式)と、この間にも、確実に何かしらが売れて行く。

 今売れたのは、ジャージっぽい生地でできたスポーティーなブルゾンと、コットンシャツ二枚。それで一五万チョイだって……。

 買って行くのは、オレより幾分上ってカンジの小太りの男だが、既にクドすぎるほどの全身セイレネス。
 その、はち切れんばかりに腰穿きされたジーンズのスクープポケットの端からは、カヴァッリーノ‐ランパンテのキーホルダーまで垂れ出てもいた。
 ……この国の所得格差って、ホント不思議だ。

 ちなみに、オレが着ているようなスーツなら二〇万からしてしまう、コートや靴などを入れると軽く五〇万を超える。
 そんな調子で売れて行ったら、一日の売上からして相当な額になりそう。

 ウチの近所でも、最高級なレストランの方が潰れていない。潰れた店のあとには、やっぱり高級そうな店ができるし……。
 きっと、今どきの経済も

とか

といった表現同様、本来の意味なんかなかったんだな──。

「水埜楯、またまたお待たせぇ。心の準備はいいかなぁ?」

 ミラノさんたら、矢庭にそんな大声で。それもミラーのドアを、跳ね返るくらい勢い良く押し開けちゃって、割れたらどうすんの! 
 今フロアにいる客全員が、オレにまで非難交じりの視線を送ってくるじゃんかぁ。

「ダメだってミラノさん、お客さんにもジェレさんたちにも迷惑でしょう」

 オレは飛んで向かいながら注意した。
 ここでのオレは、そんな応分ではないんだけれど、ミラノさんを、スタッフたちやジェレさんに注意させるのは酷ってモノだ。

「あ、そっかそっか。みんなゴメンなさいだよ、お客さんは気にせず、じゃんじゃんウチの服や靴を愉しんでってねっ。見てるだけじゃホントの良さはわかんないんだよ、折角来てくれたんだから、遠慮しないでバンバン着たり履いたりしてみてみて。そしたら絶対ワクワクしてきちゃうんだからぁ」

 何たる売り口上、高級イメージ完全にブチ壊し。
 ……まぁ全ては正論で、それがセイレネス、延ては僊河青蓮イズムの原点なのかもしれないけれど──。

 そこで、ジェレさんも奥から姿を現した。どうなることかと思いきや、笑顔でフロアのスタッフ三人に頷いて見せるとフツウにこっちへやって来る。

 スタッフたちが、接客相手にミラノさんの素性を説明しつつ、同じく、試着や畳んである商品を手に取り広げることを勧めていた。

 鼻白んだフロア中の空気が、どんどん正常化していくのが見て取れて、オレも内心胸を撫で下ろす。

 ジェレさんは、オレたちに近づいても、険しそうな表情一つ見せなかった。
 そのまま、フィッティングルームの並びに位置するそれまで壁だと思っていた部分を開き、そこからキャスター付きのシュヴァルミラーを引き出して、次次と間隔を空けて並べ、姿見の囲いをつくるように設置し始める……。

 今度は一体何がおっ始まっちまうんだぁ?

「何何っ? ミランってば、アタシにどうしろって言うわけぇ」

 その声にふり向くと、フィッティングルームのドア越しに、ヴィーが半身を覗かせていた。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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