211 _______ ‐3rd part‐

文字数 1,975文字

 そう思うとオレも、ふり絞らないことには、声が口から出てくれない。
 
「何とかな……」

「ガチで? ちゃんと立てるの?」

 草豪が、オレの体勢を真っ直ぐにして完全に離れてくれたので、まだ痛い腰の具合を確かめつつ、体をヴィーへ正対させる。

 次に投げてくるとしたら、左肩から提げたソロバン入れみたいなバッグか、爪先部分が突き刺さりそうなハイヒールのいずれかだ。

 この痛みでも、充分躱せる自信はあるけれど、もし、今度ヴィーが投げつけたモノが、草豪に掠めたりすれば、ガチで裁判沙汰になっちまう。

 最悪を見越して、ヴィーをなるべく刺激しないよう、牽制しながら草豪から離れて、できればもう、ヴィーには何も投げさせちゃいけない。

「とにかく、ヴィーの言い分を聞かせてくれよ。何かオレに文句があるんだろ? 実力行使はそれからだっていいじゃんか」

「そうよあんた、こんなのを人へ目がけて投げるなんて立派な刑事事件よっ。傷害罪まではムリでも暴行罪での送検は充分可能だわ。あんたのその怪力で、可罰的違法性を唱えたってムダなんだからっ」

「アホか、いいから草豪は離れてろ。ややこしくなるだけだろが」

「あ、動いた。ほら前向くっ」

「おぅ」

 グダつきそうな気配に、(はや)ヴィーも呆れたか? オレが来た方向の反対側、八号館へ向ってヴィーは歩きだしていた。

 さては、大学までクルマで来やがったか? そっちの地下には駐車場がある。理事連中から呼ばれたとなれば、学生の使用も許されるはずだから。

「コワ~、こんなの久久。ねぇ水埜、あのコ、これ忘れてるけどどうする? 今は、呼び止めない方がいいわよね」

 草豪が指差すのは、無論オレを襲った、厚さ一五センチ前後もあろうかという大冊本だ。

「当然だろが。オレが持って帰る、必要ならあとで言ってくるだろ。ほかにも、あいつの荷物がまだ山ほどあるし……」

 そう草豪へ、ヴィーの後ろ姿を眼で追いながら返答する。

 だがヴィーは、こちらを全くふり返ろうともせず、本館が建つ角を曲がってしまった。

 しかし、ヴィーが、一言も発さずに立ち去ってしまうとは……。
 もはやこれ、違和感どころの凶変じゃない。

 第一あの、女性特有のふくよかさが、見事に削ぎ落とされた、CFや広告そのまんまのカンジ。
 CGを駆使したフル修正ではなかったわけで、オレが知るヴィーとはまるで別人だ。
 でもオレを攻撃してきたんだから、隔離施設籠もりで、記憶までが刷新されたりなんかは、していないんだろうけれど……。

「何あのコ? 今ムーヴィン・スナッチのCMモデルやってるからって、お高く留まっちゃって。機種変えなんか、絶対してやらないわっ」

「草豪が言うか? でも、オレも、朝からTV見てて驚いちゃってさ」

 こうなりゃ、草豪相手でもかまうもんかっ。
 憂さ晴らしに、ヴィーの初メジャー仕事へツッコみを入れ尽くしてやろうと思ったのに、草豪は腕時計を見ながら眉根を寄せて、いきなり話しかけ難くなっちまう。

「……でもあのコ、出て来るの早すぎだわ。理知華から聞いたスケジュールだと、会は午前中一杯だもの。きっと出席だけとるみたく、記念品もらってフケて来たってわけだわ。重ね重ね思いあがってくれてるじゃない? な~んか許せなくなってきちゃうわね全部っ」

 なるほどね、それなら納得。要するにヴィーの奴、これから仕事でも入っていて、時間がなかっただけなんだ。
 だから、悪態の一つも吐かず退散した。
 
 ヴィーから、どこか、異常な雰囲気がカンジられたのは、自分からケンカを売りはしたものの、長引かせて騒ぎを大きくするわけには行かないといったジレンマで、オレたちへの反応と動作が、ぎこちなくなっていたせいだったのなら、疑雲もすっきり晴れてくれる。

「って言うか何だ、待ち合わせの相手は剣橋かよ? 結局はまだヒマなんだろが」

「フン。ウルサいわよ、もうたった今から、水埜と口を利く時間も勿体なくなったわっ。もう二度と、アホに情けなんかかけないんだから」

 草豪は、そこでクルッとオレに背を向けた。

 涙を見せた上、オレに泣き縋ってもいるわけだし、オレが弱味を突つき始めたと察して、自分の立場が守れなくなる前にと、トンズラを決めやがったようだ。

「はいはい。早く行け行け、オレのアホが感染る前になっ」

「ったく、どして、小ウザい作業の成果を譲っちゃったんだろ? だのに、活かしきらないだなんて。ホントにアホよアホ、救いようがない大アホだわっ──」

 ってな具合に、草豪はブツブツ罵倒を独り言ちながら、ヴィーにも負けない大股歩きで、ヴェスティビュールへ引き返して行く。

 なんだろなぁ……こんな所で、肉体および精神ともに、一方的な苦痛を与えられた挙句、まるで何もなかったかのように、とり残されつつあるオレって?

 マジガチに、大アホ以外の何者でもないじゃんかよ!
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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