277 ______ ‐3rd part‐

文字数 1,425文字

「囁く回廊モードだよ。円く曲面で囲われてる場所の内側では、音が反射を繰り返し壁面を伝ってー、意外な位置で、はっきり聞こえるとゆー現象を起こすんだー」

「あぁ……聞いたことあるかも」

「ロンドンのセント・ポール寺院なんかが有名だねー。ボクたちはちょうど、その塀が、音波を音声として集め続けていた焦点を、通り過ぎたってことなんだー」

「……偶然、と言っても、あそこはよく通りますしねぇ……」

「スグ隣を歩いてたとゆっても、ボクと楯クンの間には、若干でも確実に、距離と歩速と時間の差があったわけでー、ボクに若い女の声として聞こえたならー、楯クンへ届くまでに、空気の揺らぎで間延びしちゃえば、ボクが聞いた声より当然低く聞こえるねー」

「それまた、理屈ですね……」

「だけどセイレーンたちは、そんな下品なことはゆったりしなーい。ボクが聞いた言葉とも違うと思うしー、あそこで磁場の乱れまで、同時に起こっていたとは考え難いー。だからきっと楯クンが聴いたのはー、ホントーに怨霊の鬼哭(きこく)なのかもー」

「もう、理解しようとマジメに聞いてたのに」

「マジメだよーボクだって、至ってー」

「でもさ、ここを囲っていた塀へ突っ込んだ布団屋のオヤジたちだって、そんなカンジの、物騒な声を聞いてるわけでしょう?」

「衝突事故を起こした連中が聞いたってゆー、オドロオドロした脅かしの言葉は、磁場の乱れが原因となる幻聴だよー。自分の恐怖感が、脳内に生み出した心の声なのー」

「それも幻聴ですか……しかも原因は自分にある……」

「このままだと塀にぶつかるー、死んじゃったら、いろいろヤバい、どーしよー、って念慮から、ホント僅僅(きんきん)な時間の内に、咄嗟の自己防衛反応が出るんだねー」

「……やっぱ、自業自得ってヤツですか……」

「そんな状況に陥ってる責任も、とり敢えず自分以外へなすつけたーいってことで、

が往往にして、

とゆー、他動的な言葉へとすり替えられて、

と言われたと思い込む」

「思い込みですかぁ、結局……」

「人間てのはー、つくづく弱くて、自分本位な生き物だからねー」

「……その、磁場の乱れってのは、どうして起こるんです? オレが、ミラノと歌声を体験した道路には、パラボラアンテナと化す塀もない所だよ。なのにどうして、錯覚を起こすほど磁場が乱れちゃうわけ?」

「下の道路、公園の周りには、金属パイプ状のこまかい格子フェンスが続いてるー。それがやっぱりアンテナ代わりになるんだねー」

「あぁ……」

「電磁波は、電気を流す物質を通過できないー、途端に電流へと変わっちゃうー。だからフェンスが電磁波を受ければ、電流が流れて、電流が流れれば、磁場が発生するー」

「だから、ここを囲ってた高塀、鉄材を組み合わせてできてると思ったのに、実はほとんど鉄製じゃなかったんだ。……じゃぁ、ムッシューって最初っから、全部の騒ぎを狙ってたってことになりませんか?」

「だろーね。けどまー実際、衝突した時には、鉄製よりも被害は小さいだろーし、金属の頑丈な塀だと思わせた方が、通行するドライヴァーにも、注意を喚起するんじゃないかなー」

「……ついていけませんよ、全然。ただの凡人、ですらないオレなんかには」

 オレが心ともなく浮かべる苦笑に、ほんの少し、小首を傾げる葉植さんだった。

 きっと、ついていくとか、いかないとか、非凡すぎる知力で爆走しまくる葉植さんには、全く理解するに値しない、本当にどうでもいいことなんだろう。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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