253 _______ ‐3rd part‐

文字数 1,624文字

 裁判で、過剰防衛ではないと正当性が正式に認められるから、自分では狙いきるのが難しいってわけだろう……だのに今、断言したってことは葉植さん……責丘さんから受けた暴行がそれだけ──。

「世間は必ず、

って、疑問を追及しまくるでしょう? 楯クンがそうなる前に答えておくと、殺人を犯してしまう人間ってのはね、その時点で既に、どうしようもなく壊れているからなんだよ」

「…………」

「犯行後の、見た目や受け答えがまともだからって、惑わされちゃいけない。実情、内側はボロボロ、野荒しされて、本来あるべきモノがない空っぽなのさ」

「…………」

「実感などなくても、楯クンにだってよくわかっているはずだ、人間ってのは、本当に、誰でも簡単に殺せてしまえるんだって」

「…………」

「難しいのは殺すと言う行為に踏みきるまでさ、そこへ踏み込むには狂気が必要なんだ。その狂気も、自分に近しい人間によって生出され、衝動的に獰牙を剥く」

「…………」

「ホント微妙、つくづく蜉蝣(ふゆう)。人間関係ってのは、そんな累卵(るいらん)としたモノなんだから、楯クンがウダウダと気に病むのも、至極当然のことじゃないかな?」

 ──そこでいきなり葉植さん、おかっぱよりも幾分長い黒く艶やかな髪を、パチンパチンと留め金をはずすような音をさせて、頭から剥ぎとって見せた!

 ヅラだぁ……葉植さんの、好い意味での特徴だった髪までもがフェイクだったなんて。
 そして、オレに向けた頭頂から左側頭部は、「…………」

 ほかとは違って、短い毛髪が斑にしか生えておらず、青白い頭皮が、生パイナップルの表面みたく、ボコボコに醜怪な傷痕を残していた。

「これがボクを狂わせた、責丘のつけた傷痕だよ。フツウのハゲじゃなく、毛母細胞から失っている広範囲皮膚脱離も同然だからね。毛包オルガノイドをボクなりに発展させても、自分一人で移植しきれるかどうか。祈ろうにも、生憎もう神だけは、唯一明白なボクの怨敵だし」

 葉植さんは手馴れた仕種でカツラを被りなおし、その毛先を手櫛で整えた。
 なんだか、ホントいやに手馴れている……。

「体の傷は治るけど、心の傷は治らない、って、使い古された套言(とうげん)があるけど、体の傷が治るとゆうのも、単に機能的に回復するだけのことなんだよね」

「…………」

「繊巧な瘢痕(はんこん)治療まで受けない限り、傷痕はしっかりと醜く残るし、脳も痛みを決して忘れていない、偶に勝手に再生してもくれる。ホントは、体に受けた傷だって、決して治りはしないんだ」

「…………」

「体がこうも壊されてしまうと、精神だって当然壊れる。そして癒されはしないみたいだ、頭が悪くておかしい人間がいる限りね……さ、脱線はここまでにしようね」

 視軸を本棚から天井へと向けた葉植さんは、片手を突いて、寄りかかっていたオレのデスクの上へ、腰をズリズリと上げて座った。

「だからボク、しつこい人は男も女もダメなんだ。生かしておいてなんかあげられない。緑内昴一郎も勝庫織莉奈も、ちゃんとボクは諦める機会を与えたよ。延いては根上翔輔だって、何がスキーム・フォー・EOCだか?」

「…………」

「ダミアの『暗い日曜日』を、今の日本で再現可能か? っていう試みらしいけど、端から呪いなど、毫とも信じちゃいないクセして」

「…………」

「そもそも、人が死ぬとか殺されるって恐怖を、まるで理解できてない、きっと、自分が刺されて死んでゆく須臾の間でさえも、これが現実なんだとは、認識できていなかったんじゃないのかな?」

「…………」

「ページを閉じれば、停止ボタンをタップすれば、そのチャチな展開に、もうそれ以上、つき合わずに済むとでも思っていたかもね」

 ぶらつかせていた脚を止めた葉植さんは、今度は両足の爪先だけを、クイクイと上げ下げさせし始める。

 その動作に、一体何の意味があるんだろ? でも、きっと何かあるんだろうな。

 やっぱり、頭が悪くておかしい部類の人間であるオレには、その見当すらも、皆目つかないけれど……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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