157 殺って殺りましたよっ!! 大変長らくお待たせしました

文字数 1,800文字

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 中高課程の卒業式は、卒業生にとって、結構な肉体的試練であるってことを、オレはまたしても完全に失念していた。

 式は毎年、大学の講堂を使って行われる。
 一年から五年までの在校生と教職員、そして父兄連中が階段席に座る中、卒業生だけは演壇と座席との間に当たる半円状の床に、式が終わるまでの二時間近くを、ほぼ気をつけの姿勢で立ち続けなくてはならない。

 出席する卒業生の人数が、五〇人余りと少なすぎるせいもあって、ほかの目的のために行っている式典なのではないかとすら思えてくる。
 実際に、今を時めく話題のOBやOGたちが招かれていて、そのステージトークじみた祝辞を聞きたくて来ている者の方が、多そうな気がしないでもない。

 例年、卒業後には在栖川を離れて、海外の大学へ進む者が七割を上まわってしまう現状があるために、たとえ在栖川の手を離れても、

と、記銘させる意味合いでもあるに違いないよなぁ。

 卒業生を総代して諸事を熟す剣橋たち以外が動けるのは、オレたちよりも嬉しそうに、入れ代わり立ち代り長長と祝辞を述べるお偉方へ、答礼をする時と、卒業証書を受けとりに壇上へ上がる時だけ。
 ただでさえガマン大会なのに、その上オレはいやに大きく重量がある額装の遺影を、胸に掲げていなくてはならなかったから、辛労さがほかの卒業生たちよりも段違いなはず。

 一体どこの高家(こうけ)張りが、こんな豪華そうで頑丈な額縁を選びやがったんだか?
 銜噬や刕伊豆に背後から見られていると思うと、肩に一層力が入るし、卒業証書をもらいに行く順番がまわってきた頃には、腕の感覚が麻痺しちまって、遺影を隣の奴に預かってもらうにも冷や汗モノだ。
 まぁ、そのお蔭で、余計なことをあれこれ思い巡らせ、変に舞いあがらずに済んだとも言える。

 しっかし、ここ毎日ウェイトトレーニングまでしているオレが、軽く立ち(くら)みを覚えたほどだから、剣橋たちには端から務まる役目ではなかったな。
 ま、剣橋や草豪なら、意地でもやり遂げるんだろうけれど──。

 式次第どおりにプログラムを完うし、在校生の校歌斉唱と、父兄連中の持ち込んだカメラのフラッシュを浴びながら、オレたちは入場時とは反対側の通路を行進して講堂から退場する。
 ミラノさんと有勅水さんが、どんな様子かを窺っておきたかったものの、二人は意地悪にも教職員席のスグ後ろに陣どっていたので、視線を向けると銜噬たちとも目が合いかねない。

 ……まぁミラノさんが、オレの毛嫌いする教師どもから、どんな思念をゲットしたのか、かなり愉しみではある。

 ──講堂を出たあと、間延びした一列縦隊で、だらだらと卒業生にあてがわれている控室(ひかえしつ)へ戻る途中、その本館の出入口前に、なんとミラノさんと有勅水さんの姿があった。

 疾っくの疾うに痺れをきらし、外へと出て来てしまっていたようだ。
 先を行く剣橋たちと、何やら会話を交わしてからミラノさん、手をつないだ有勅水さんをいつものごとく引っ張って、ふんわふんわとオレに向かってやって来る。

 やたら目を惹く女性二人が手に手をとって、一体誰に何用か? と列の前後がザワつきだす中「水埜楯、ビックラこんこんなんだよっ」と、これまたいつもの調子で声をかけてくれるもんだから、実に気恥ずかしい。
 オレも思わず、遺影を脇に抱えて駆け寄ってしまう。

「すみません、ホンット長くって」

「違うんだよ。チョットあっち行く行く」

 とり敢えず、有勅水さんには丁重に頭を下げて、引っ張られ役を交代する。

 有勅水さんの顔気色は、今のところ悪くなさそう。
 しかしながら近頃の有勅水さんは、仕事で難題があるしく、今日も朝から間歇的に不機嫌になって、エラく面倒ときちゃってるんだよなぁ……。

 ミラノさんも一体何だか? とっとと、こんな制服は着替えに帰りたいってのに。

 しかし!
 ミラノさんがオレの耳元で囁いた一言が、そんなオレの顔色の方を蒼白にしたんじゃないだろか──。

「マジでっ……」

「うんマジマジだよ、こんなウソ吐かないもん私。だから銜噬って先生は、式の途中で呼ばれて慌てて出て行っちゃった。それで、ほかの先生たちも何ジャラジャラ~? って、頭の中が痒くなるくらいザワザワだったんだよ。刕伊豆って先生も、水埜楯のこと全然見てないない」

 ──根上の奴が、死体で発見されていた。

 緑内の次は、根上だって……何なんだ一体?
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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