139 エスカレーター式という名の地獄 ‐1st part‐

文字数 1,758文字

 おっと、ヤバ~……今度は、思いっきりヒマをもて余そうとしいる顔つきのミラノさんに、正面の席へ座られちまったぁ。

 そしていきなり、
「水埜楯はダメダメだよ。私ですら、どうしていいのかわからないんだよ」と、きたもんだ。

「え~と。どう言うことです、また唐突に?」

「どうなんて言ってないない。私が唐突にでも言うしかないのは、ウソ吐きデタラメは、あのオジサンの方なんだよ、ってことなんだよ」

「だよだよって……」
 その刹那、オレの脳裏をピンと誰かが指で弾いてくれた。

「わかったぁ?」

「え。それじゃ全部、鵠海さんがオレに言ったことはデタラメなの? ヴィーは、ホントは深刻な状況だってこと?」

 まんまと謀られていたのかオレは? というより、ああオレに言っておくのが、オトナとして、ヴィーを預かっている者として、当然の配慮だったんだ。

 いずれ、どこかから、断片的に真実が洩れ伝わったとしても、その時には、もう、オレたちは、さほど大変なことだとは思わないだろうし。
 往往にして、尾ヒレが付いた若気の至り話で、済んでしまうのがフツウだし──。

「全部かなんて知らないんだよ。それに、ヴィーのことなんか私、何も言ってないない。水埜楯が、ヴィーのことが嫌いだからそう思うだけじゃん? だけど水埜楯は、ヴィーがホントにダメになっちゃうのも、イヤイヤなんだよね。おかしいのっ」

「…………」
 
「ヴィーにもね、言ってあげたんだよ私。今日は水埜楯が一番素直になってるから、今ウチで一番サイコーの服を着せてあげたヴィーに、水埜楯がいつもと変わらない態度だったら、潔く諦めるんだよ~、ってニッコリねっ」

「……何ですそれ?」

「だからヴィー、怖くなって逃げちゃったんだよ。だから私の勝ち勝ち、水埜楯は、私が横どりぃ。私は全然フツウにヒくなんてことないし、私には烙印なんか全然見えないもん。それで水埜楯も文句ないない」

「へっ! それって一体……」
 
「あ、そうだ。PSのオジサンが言ったから、私、アイスが食べたくなっちゃったんだよ水埜楯」
 
 また唐突にっ、それこそ今はアイスどころじゃない。
 だって、フツウにヒくとか、烙印って……そんなことオレは一切話してない、オレが話さない限りミラノさんが知る由もないし、絶対に自分からは誰にも話したくない話だし!

 ……烙印、それは一〇歳にしてベッタリと付けられた、母さんのことでだ。
 交通事故で死んだのに、直接の原因は教育ノイローゼ気味だったせいとかで、一時期クラス内で一色んな噂を立てられた。

 とり分け強烈だったのは、そうした脳内物質の分泌障害的な形質は、遺伝するからオレに関わってはいけないと、あの明王どもを中心とした学年の女子ばかりか、初等課程中の女子から総スカンを喰らったこと。
 まぁ、あることないこと言い(はや)しやがったのは、草豪一人だったんだけれど。

 ちょうど、女子を意識し始める年齢だったのか、今思えば、爆笑で極めて妄想チックな(たわごと)にすぎない。
 オレと一緒に行動する時間が長くなると、仲好くなって、好きになってしまう蓋然性も高くなる。
 それで将来、結婚するようなことにでもなったら、自分も、生まれてくる子供も、必ず不幸になるという具合に、早くもオレは、絶望的な存在であると決めつけられちまった。

 その後、ホームルームで、教室の前に並ばされた学年の女子八人全員から、涙ながらに謝罪されたものの、間違いなくその時、オレの意気地みたいな一番太くあるべき心柱が、育ちきる前からボッキリ根本から折れちまったんだ。
 
 その割りに、顕在化したトラウマにまでならなかったのは、女子八人が、草豪を筆頭にウェンウェ~ンと、あられもなく無様な泣きっ面を晒してくれたから。
 学年のみならず、初等課程中から畏怖の念を懐かれていた女共を泣血(きゅうけつ)させた。それで一応、オレの面子だけは保たれたんだけれど。

 まぁオレは、皮は斬られずに、骨を抜かれちまったわけだ。
 それ以来、オレは、自尊心とか矜持みたいな感情が湧かなくなって、徐徐に自分を客観視すると言うか、傍観視と言うべきか、なんか自分の人生なのに、他人事みたいに思えてならなくなっていった気がする。

 何をやっても、オレだけがしっくりこなくて、どうにも現実味がカンジられなくなった。
 特に人間関係では……。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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